『セキュリティ管理』
硫黄の煙と共にダークグリーンのスーツ姿のヘッテルギウス氏が魔法陣の中に現れた。
「ほ、本当に出た……」
白衣姿の男は、目を見開いてヘッテルギウス氏を見つめる。
「私の名はヘッテルギウス。悪魔の将ナベルス侯配下の悪魔でございます」
ヘッテルギウス氏は慇懃に礼をする。
「ご用は何でしょう?」
男は震えながら、ちらりと背後の本棚に目を向ける。天文学の学術書が並んでいた。
「あ、し、知りたい事が」
「なるほど、世界の成り立ちから存在する我らの知識は、自然現象を相手にする学者殿にとっては垂涎のものでしょう」
ヘッテルギウス氏は魔法陣の中に立ったまま動かない。
「対価として生贄が必要になりますが、ご存じでしょうか?」
「な、なに!? ヤモリ四匹と蛇二匹、それから温かい血を三パイント、間違いなく捧げているぞ!」
「そちらは、人間の世界で言うところの通信料です。サービスは別料金です。生贄表はこちらになっております」
ヘッテルギウス氏は内ポケットから人皮紙のチラシを出し、魔法陣の外へ放る。浄化の炎に包まれながらも、チラシは燃え尽きる事なく床に落ちた。
男は恐る恐るチラシを拾い上げ、内容に目を通す。
「……魂がこんなに?」
「お支払いが難しければ分割でも宜しいですが」
「いや、それも……なら、このコースだ」
「エコノミーコースでございますね。ありがとうございます」
にっこり微笑んで、ヘッテルギウス氏は男に向き直る。
「では、始めにご説明しましょう」
「お、う」
男は後じさりしながら、デスクの引き出しから携帯端末を出し、録音モードにする。
「このコースは、あなた様の質問に私がお答えするという形で悪魔の知識をお授けします。質問は一回限り、取り消しは出来ません」
「一回で、充分だ。嘘でなければな」
「ご心配なく。悪魔が契約を違え人の子から魂を搾取したなら、神が黙ってはいません。ハルマゲドンにはまだ早いですからね」
苦笑いをしてヘッテルギウス氏は肩をすくめる。
「尚、悪魔が知らない知識は一点、未来についてです。これ以外の質問には基本的に全て答えられるとお考え下さい」
「よ、よし、だったら」
「はい」
男は緊張しながらも、にやりと口の端に笑みを浮かべる。
「お前を服従させる方法を教えろ」
「む」
ヘッテルギウス氏は眉をひそめる。
「どうした、教えろ。知らない訳ではあるまい!」
「……分かりました。最もそれに近い知識である、私を服従させる呪文をお教えします。これを唱えて命じれば、私は唱えた者に逆らう事は出来ません」
それからヘッテルギウス氏は、抑揚を付けながら呪文を唱える。
「”アコヘルウコル、デオ、ヴンエドカラタ“」
その後、小声でヘッテルギウスは付け足した。
「服従の呪文を変更せよ」
【完】