『心配王様』
むかし、あるところに王様がいました。
王様は、家来たちがきちんと仕事をしているか、いつも気にしていました。
それで、夕方になると、いつも家来達を呼び付けました。
「これ将軍、今日は何をしておった?」
王様は尋ねます。
「はっ。朝は国境の警備隊の視察をし、昼は兵士の訓練、それが終わってから新しい武器の割り当てを決めました」
将軍は答えます。
「それをやった証拠は?」
「一緒にいた私が確認しています」
副将軍が言います。
「ふむ、ご苦労だった。では、厨房長、お前は何をしておった――」
ある日、王様はいつものように部屋で執務をしていました。書類に目を通し、良い物には許可のサインを、悪いものには疑問点を書き足して差し戻し。
書類は少なく、午前中に終わってしまうぐらいの量です。
ところが。
「ああ……将軍は今頃何をやっているのだろう? 大臣は? メイド長は? あああ、ひょっとしてこっそりサボっているのではあるまいな?」
王様の手は度々止まります。気が散って仕方がないのです。
「まさか……いや、そうだ、そうに違いない。大体、今日の将軍は私の前から去る時に左足から踏み出していた。という事は、右足を休ませるつもりだ。右足だけで休める訳がないから、体全部を休ませるのだ! ああ、確かめられたら! 嘘を言わせないのに! 誰でも良い、家来が何をやっているか教えてくれ! 誰でも、何者でも良い!」
その時です。
小さな爆発音がしたかと思うと、辺りが一気に硫黄の煙に包まれました。
「うわっ、なっ!?」
「お困りのようでございますね」
晴れた煙の向こうには、男が立っていました。美しい身なりをしていますが、尻尾が生え、唇から牙がはみ出ています。
「あ、悪魔!?」
「初めまして、私、悪魔のヘッテルギウスと申します」
ヘッテルギウス氏は慇懃にお辞儀をしました。
「今日は、選りすぐりの商品をお持ちしました。家来が何をしているか分かるもの、でございます」
「なんだと!?」
王様は悪魔崇拝者ではありませんでしたが、ヘッテルギウス氏の言葉はあまりに魅力的でした。
「この箱を家来達に持たせなさい。離れていても話が出来る道具です」
ヘッテルギウス氏は、王様につるつるした平べったい箱をいくつも渡します。
「これは……」
箱には継ぎ目があり、王様がいじっていると、パカリと開きました。
「うわっ、壊した!」
「ご安心下さい。それは元々そういうものです。さて、使い方は直接お教えしましょう」
ヘッテルギウス氏は、王様の額に尖った爪の生えた指をそっと当てます。
「はい、これであなたの頭にそれの使い方が伝わりました」
王様はヘッテルギウス氏から貰った道具を家来達に配りました。
「ああ、もしもし? 将軍、今どこで何をしている? 模擬戦中? 証拠は? ふむ、確かに戦う音がする。よし、分かった」
執務室で、遠く離れた家来と話をしていた王様は、話を終えてから眉を寄せます。
「……けれど、嘘を言われていれば、元も子もないな」
その時です。
また硫黄の煙と共に、ヘッテルギウス氏が現れました。
「お困りのようですね」
「悪魔か……また、頼むか」
王様は迷いつつもヘッテルギウス氏に話をしました。
「なるほど、話が出来ただけでは足りない」
「うむ」
「それなら、姿も見える道具にしよう
王様はまた、ヘッテルギウス氏から道具を受け取りました。
数日後。
王様はけれど、また憂鬱そうに眉を寄せていました。
話が伝わる道具には、家来達の姿が映っています。
「どうなさいました、王様?」
ヘッテルギウス氏がまた現れて尋ねます。
「姿は見えるが、後ろを石壁にでもされたら、どこだかさっぱり分からない。それを良い事にサボるなんて!」
「いいでしょう」
ヘッテルギウス氏はにまぁっと笑います。
「どこに誰がいるかが分かるヴァージョンです」
それからというもの、王様は絶え間なく家来達の様子を見続けました。もう家来の監視をする以外、何もしなくなっていました。
けれどこの道具のおかげで、クーデターの時には前もって逃げておくことが出来、王様は命は取り留め、貧しいながらも人としてその後の人生を過ごす事が出来ました。
めでたし、めでたし。
【完】