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勇者召喚(7)

「魔法陣の巻物? それも勇者召喚を記した巻物ですって? それこそ最高機密扱いの代物ではないですか!」

 アストラスは巻物を広げながら、まあそうじゃなと言った。

「じゃが、これは写しじゃ。本物は書庫に厳重に保管しておる」

「書庫って地下二階の? あそこにそんなもの見たことないのですけれど……」

「じゃろうな、すぐわかるような場所に保管しとらん。ここに来る時使った転移陣と同じじゃよ。二重三重に隠されておる」

 マルトはアストラスの言葉に、ある疑問を抱いた。

「お師匠様、書庫で私が目にしている書物は、それこそ全体の何割くらいのものですか?」

「そうじゃな、おぬしも書庫の本を全部読んだ訳でもないじゃろうが、パッと見で置いてあるのは全体の七割程度じゃろう。後はこの巻物のオリジナルと同様、厳重保管の対象となっておる。なにせ失ったが最後、もう二度と手に入れることの出来ぬ貴重な書物ばかりじゃからな」 

 そうですか、と溜め息をつくマルト。

「私は書庫の本を半分以上は読んで、だいぶ知識を付けたつもりだったのですが、本当の肝心なものには見ることはおろか触れることも出来なかったのですね……」

「……ふうっ、おぬしは勘違いしとるようだの。確かにおぬし達の目からも隠すように保管しておる書物は、大変貴重なものばかりじゃが、それは単に古いものだったり、世に一点しかないものだったりするからで、本の内容のことではないないぞい」

 こと魔導に関して言えば、アストラスはそう前置きして、おぬしが読んでいる書物で十二分の知識をえられるだろう、と続けた。

「でも厳重保管の書物には、勇者召喚の巻物のような貴重な魔導に関するものもあるのですよね」

「まあ昔の貴重な魔導書には失われかけている魔法も、少なからずあるにはあるが、それらは古代文字であったり難解な暗号で書かれていたりと、とにかく読み解くのに大変な時間がかかるのじゃ。今保管しておる分だけでも、儂の存命中には解読出来んじゃろう」

 それこそおぬし達次代を担う者の成すべき課題じゃ、とアストラスは笑った。

「さて、さしあたりそんな先の話ではなく、この魔法陣なんじゃが……」

 アストラスは床に広げた巻物の手前を、杖でコンコンと叩く。 

 マルトは巻物を覗き込んだ。そこにはマルトにはまだ理解出来ない、物凄く繁雑な魔法陣が描かれていた。

「こ、これは!」

 マルトは思わず叫んだ。

「まったく解らないんですけど……」

 アストラスは先程とは違い、苦笑する。

「いえ、所々は解ります。風の紋様だったり、火の紋様だったりと、解るところもあるのですが、どうしてこういう配列なのかとか、この重なっていると思われる部分が何を意味しているのかとか、こっちの紋様に至ってはもう意味不明です」

「で、総じて訳解らんと……」

 まだ苦笑いのアストラスに、マルトは小さく頷く。

「さもありなん。儂も正直なところ、この魔法陣の意味するところを完全に理解しとる訳ではない。別の魔導書や自身の培ってきた知識からの推測で、多分こういうことだろう、と思うだけじゃ」

「お師匠様でも解らないのですか……」

「まあこれが勇者召喚の魔法陣なのは間違いないじゃろうから、そういうもんだと思って、使うしかない。魔法なんてそんなもんじゃい」

「おおよそ大賢者らしからぬ、魔導に対する見解かと思うのですが……」

 魔法陣の巻物を眺めながらマルトは、魔導とは体系化された理論の上に成り立っているではないのですか、とアストラスに問う。

「確かに理論的に語れる部分は大いにあると思うが、解らない部分もたぶんに漏れずあるんじゃよ。そしてその解らん部分にこそ、この世界の真理とか、真髄みたいなものがあるんじゃと思う」

 じゃからこそ儂は、魔導とは何かを知りたくて研究しとるんじゃよ、長々とな。アストラスはそう前置きすると、魔法はたぶんに謎だらけじゃと笑った。

「では勇者召喚には矢張というか、不確定要素があるのですね」

「じゃからこそこんな地下深くで行うし、他国にも知られないようせねばならん。ただ儂とおぬしの魔力があれば、召喚に足る魔力も問題ないじゃろうし、うまくいく……と思う」

「お師匠様……」

 マルトはまだまだ自分が魔法について知らないのだ、そう思い知らされた。

「では勇者召喚を始めよう」

 アストラスは再び杖をコンコンと叩く。

「具体的にどうするのです?」

「まず渡した杖に魔力を込めるのじゃ。そして床一面に、魔力を込め続けながら魔法陣を描くのじゃ」

「エーッ、それって物凄く面倒臭いんですけど、他に方法はないんですか? 例えば詠唱とか、頭に思い描くだけで魔法陣を完成させるとか、そんな感じの……」

 マルトが言い終えぬうちに、アストラスの叱責が飛んだ。

「馬鹿者! 儂ですらこの魔法陣を覚えておらんのに、都合良く楽して召喚術など使える訳あるまい。大体おぬし、召喚術を使ったことなどないであろう」

「そりゃありませんって。私が使えるのは攻撃魔法の、火、水、風、雷、土、それと光と闇のいわゆる七大魔法と言われるものの、中級レベルの魔法までで、他の魔法はまったく勉強していないし、教えを受けた覚えもありません」

 指を折り、自分の使える魔法を数えるマルト。

「ああ、もうひとつ。初歩の回復魔法なら使えます」

「おぬしは人より魔力があるから、初歩の魔法などは無詠唱で行えるのじゃろうが、普通の魔導士は初級魔法でも詠唱を必要とする」

 それはおぬしの長所でもあるが、欠点にもなりうる。楽して出来ることは自分の為にならない。ましてや複雑な術式や大魔法を覚える前に楽をし過ぎると、詠唱や魔法陣を描くことが面倒臭くなって、簡単な魔法しか使わなくなる。それでは成長が止まってしまう。アストラスはそう諭した。

「……すいませんでした、お師匠様。楽して出来る道はない、急いでいる時こそコツコツと物事を進めるのが肝要ということですね」

「そうじゃ、おぬしのような力ある者が、自分の能力を開花させる前に楽に走ってはいかん。いずれ儂すらも超えるだろうおぬしの力は、今以上に鍛練を積むことでこそ花開くというものじゃ」

 マルトは殊勝な面持ちで、アストラスの言葉を聞いた。

「さぁ、わかったなら魔法陣を描くぞい」

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