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勇者召喚(6)

 ――マルトとアストラスは西の塔最下層、祈りの間にやって来た。

「さあ到着じゃ。ここがこれから勇者召喚を行う、祈りの間じゃ。早速魔法陣を描かねばならぬのじゃが……」

「召喚を急いで行いたいのは承知しているつもりですが、色々と尋ねたいことが山盛りてんこ盛りなのですが……」

「なんじゃい。もう無駄にしとる時間はないと言っとろうが」

 アストラスは先程まで一人で世界の秘密を抱えて悩んでいた老人とは思えない、まるで別人のような態度だ。

「確かに事を急かしたのは私でしょうが、それにしても訊かずにはおれません。まず、ここは本当に西の塔の地下なのですか?」

「まごうことなく西の塔の最下層じゃよ。そこな壁も地上部分と同じ造りのものじゃろうが」

「にしても、何故地下二階から転移陣を使う必要があったのですか? それにあの書庫にあんな隠し扉があって……」

「階段を使っとったら疲れるでの。単純に楽に来れる方法を選択しただけじゃ。それにほれ、どうしても階段を使いたいならそこな扉から上がって行けるぞい」

 アストラスは顎をクイッと動かし、扉の方向を指し示す。そこには確かに扉がある。

 ただマルトは訝しげな表情を見せる。というのも、その扉には書庫の隠し部屋と同じく魔法で結界が施してあった。

 結界というなら、この祈りの間は結界だらけてあった。天井、四方の壁、床もそうだ。この部屋というよりこの空間は、最高レベルの結界で覆い尽くされている。

 まるでこの祈りの間こそが、レストレアの最高機密だといわんばかりだ。 

「転移陣を使ったということは、ここは隔離された空間なのですね」

「やはり流石よの。おぬしは儂の弟子の中で、間違いなく一番賢いわい。ここに連れて来た何人かは、それなりに見所のある奴等じゃったはずが、この空間の雰囲気に飲まれて黙っとるだけじゃった……」

 確かにここは隔離されとる。アストラスはそう言いながら、壁に向けて火球(ファイヤーボール)を放つ。

「まあこの程度では、びくともせんがな。もし万が一の為に、他の階層とは、ちぃとばかし隔絶された造りになっておる」

 マルトは火球(ファイヤーボール)の当たった壁を見た。結界があるのは解っていたから、壁が無傷であることも当然と解っていた。

「お師匠様、ここは何なのです?」

 解らないのは、この空間の目的だ。アストラスは祈りの間と言ったが、この空間に施されている結界と、明らかに他の階層とは隔離されたところを鑑みるに、単に祈りの為の部屋とは思えない。 

「ここは魔導の実験部屋なのですね。お師匠様専用の……」

「まあ儂が造って、様々な試みをここでやっておるのは間違いないが、別に儂専用の部屋という訳でもないぞい。現におぬし以外でも何人もの弟子が、ここで魔導の研鑽をしていった……」

 アストラスは遠い目をした。先程、この空間を知る者は両の手で足りると言った。にもかかわらず何人もの弟子ということは、すでにレストレアにいない、お師匠様の下を離れた魔導士が、かつて祈りの間で修行した。そういうことなのだろう。

「で、ここは地下何階なのでしょう?」

「うむ、階数でいえば、地下五階じゃな」

「地下五階? 転移陣を使う必要があったのですか?」

 マルトの疑問はもっともだ。地下二階から転移陣を使ったのなら、もっと深いところまで降りたと思って当然だろう。

「確かに階数は大したことないと思うかも知れんが、普通の地下五階ではないぞい。普通に考えれば地下十五階……いや、二十階くらいは潜ったところじゃよ、ここは」

「えっ、本来なら地下二十階に相当する場所が地下五階?」

「そうじゃよ」

 アストラスは満足気に頷いた。

「いったいどんな危険なことをなさっていたのですか?」

「別にそれほど大したことはしとらんよ。まあなんだ、若い頃はちぃとばかし危ない実験もしていたかも知れんが、それはほれ若気の至りというやつで……」

「……まったく説得力のないお言葉、有り難う御座います」

「いやぁ、それほどでも……」

 頭を掻いて照れた素振りを見せる大賢者に、マルトは呆れるばかりである。

 この大陸に並び立つ者などいない、唯一無二の魔導のエキスパートが、自分がしでかしている危険な魔導実験を、悪ガキのイタズラ程度の感覚でいるのだ。

 それはもう呆れ返るしかない。 

 しかしそれでも文句の言い様もない。アストラスがやっているのはイタズラではない。命懸けの実験だ。懸かっているのは自らの命。

「……お師匠様がどんな実験をしてたかは、とりあえずいいです。勇者召喚をするあたり、ここで行うというのは、矢張危険を伴うからですかなのですか?」

「危険といえば確かに危険じゃが、それより他国の魔導士に察知されぬように、というのが正しい」

 アストラスは、先程も言ったじゃろうと言葉を続ける。

「大陸の各国間は全てが友好的という訳ではない。常に他国を監視し、事あらば出し抜こうとしとる。魔導探知を使い他国の情報を探っている魔導士が、どこの国にもおる」

「では他国から協力を得られないことが、このような場所で秘密裏に行わなければならない理由なのですね」

「そうじゃな、それが一番の理由じゃが、他にも色々とあるんじゃよ……」

 そう呟くとアストラスは懐から何やら巻物らしきものを取り出した。

「お師匠様、それは?」

「勇者召喚の魔法陣を記した巻物じゃ!」

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