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勇者召喚(2)

 ふむ、と何やら一人納得した顔をして、アストラスは愛弟子を見る。

「さて、どこから話せばいいのかのう。やはり儂が何ゆえ世界の異変を予見するに至ったか、そもそも儂の研究が、どうして魔導からありとあらゆる事象を命題にするようになったか、そのあたりから話さねばならんか……」

「ちょっと待ってくださいお師匠様、その話はどのくらいかかりますか?」

 マルトは、長々と語ろうとするアストラスの言葉を遮った。

「なんだマルトよ、儂がおぬしに協力して貰う気にようやくなったのに、話の腰を折るつもりか?」

「そうではありません。お師匠様の話はとても興味深いのですが、今は迅速な対応が望まれる時ではありませんか」

「……確かにそうかも知れん。もういつなんどき、何が起こったとてもおかしくない。そういう事態であることを、儂が、今は儂のみがわかっているというのに、昔語りなどしている場合ではないか」

 アストラスは目を閉じ、天を仰ぐ。自身の抱える重大事に、昔語りは必要ない。もう遠回りをしている暇はない、最短の道を行くのだ。

「お師匠様、お師匠様の話は事が解決したあかつきにでも、いくらでも聞きますから」

「本当だな!絶対に聞いて貰うぞ。儂の魔導を志した頃からの話から聞いて貰うからな!!」

 アストラスは食い気味に、マルトの発言に言葉を被せた。

「わかりましたよ。話は必ず聞きますから、はやく本題に入りましょう」

「本当に聞いて貰うからな、約束じゃぞ。破ろうものなら、一生解けない呪いをかけてやるからな。絶対なんじゃからな」

「……はぁ、この人が大陸一の魔導士にして大賢者と呼ばれ、レストレアの宮廷魔導士長を拝命しているなんて、世界崩壊の元凶はお師匠様自身なんじゃないですか」

 マルトは深い深いため息をついた。そんなマルトを見て尚、さぁどのくだりから聞かせてやろうかのう、と考え込むアストラス。

「どんな話でもちゃんと聞きますから、もうさっさとお師匠様の心配事とやらを喋って下さい」

「儂の華麗にして壮絶な半生を語ろうと言うのに……」

「いいからっ、必要な事だけを手短に話す!」

 マルトに急かされ、アストラスはようやく話を始める。

「仕方ないのう。あれは一年程前の事じゃ、自室でいつもの様に研究に励んでおった……」

「お師匠様!お師匠様は一年も前から異変を感じ取っていたのですか?」

「そうではない、きちんと話を聞かんかい。……まったく話を急かしたくせに、ちゃんと最後まで聞かんのだから、若いもんはせっかちでいかんのう」

「す、すいません」

 まったく若いもんはこれだからとブツブツ言いながら、アストラスはちゃんと話を聞きなさいと、真剣な眼差しでマルトを見た。先程同じように自身がマルトから真剣な視線を向けられたことは、アストラスの記憶には都合よく無い。

「さて、儂は部屋で古文書の解析に没頭していた。それは物凄い集中力だった。何せ、食事前の夕刻時から気付いたら真夜中近く、外は漆黒に包まれていたのだからな」

「で、どうしたのです?」

「うむ、儂は夕げをとらんかったことを食事係のもんに怒られると思い、入り口のところに置いてある冷めきった食事に手をつけることにした」

「食事係の人逹、残したりすると物凄く怒りますからね。ましてやまったく手をつけてないなんて、しばらく食事を作ってもらえなくなりますよ」

 そうじゃなと、アストラスは頷いた。

「じゃから儂は冷めて不味……美味しさを損なってしまった食事を、遅まきながら食べることにした。その時じゃ!」

 バンッ、と大きな音をさせて手を打った。

 ビクッ、とするマルト。

「ふと窓のほうに目をやった。そこは本来なら暗闇のはずだが、赤い光に包まれていた。驚いた儂は食事の手を止め、一目散に外に飛び出した」

「で、その光は何だったんです?」

「儂は初め、どこかで火事でも起きたのかと思った。それもかなりの大火事だ。それくらい赤い光というのはすごい明るさだった。真夜中が一転、太陽が降り注ぐ真夏の昼間になったような、そんな感じじゃった」

 マルトは身振り手振り交えて話すアストラスを、胡散臭いものでも見るかのような、訝しげな表情になった。

「で、何だったんです?」

「それは物凄い数の流れ星だったのじゃ。空一面を埋めつくし、辺りを真っ赤に染め上げる、おびただしい数の恐ろしい光……」

 アストラスは目を閉じて語った。多分、その時の光景を思い出しているのだろう。

「私は直接見ていませんが、その流星群の話なら聞いています。弟子の中にも見たという者もいましたし、いっとき宮廷でも話題になっていたと聞きましたよ」

「そうじゃな、アレを直接見た者は話題にせずにはおれんじゃろうな。それくらい衝撃的な光景じゃった。だがな、そんなことは些細なことなんじゃ」

「真っ赤な流星群が些細なことなんて、お師匠様はその時流星群以上の衝撃を受けられたのですね」

「おぬしはやはり賢いのう。他の弟子ではこうはいかん。儂も長く宮廷に仕えて多くの弟子を取り、大賢者などとおだてられ、大陸に少しばかり名が知られるようになったとて、弟子も満足に育てられんようでは、結局のところ何も成し得ぬ人生といわれるじゃろう」

 マルトは押し黙った。大賢者の人生が何も成し得ぬ人生だった、などということは断じてない。しかしアストラス自身が、そう感じているのは少しわかる気がする。

 今回起ころうとしている重大事、これを解決に導く何らかの貢献が出来ずして、自分の歩んできた魔導の探求が意味無いものに思えるのだろう。

 だが、大賢者が大賢者たる所以はこれからの行いに対してではない。過去幾たびにわたる冒険や戦いで大魔導士アストラスここにあり、と大陸中に示したからで、その後の魔導の探求ぶりや社会に対しての貢献などで、アストラスこそ大賢者と評価されるようになったのだ。

 だからもし彼が今回の件で、なんら役割を果たせなかったとしても、彼のそれまでの功績、大賢者の名に決して恥じることではない。

 ましてや、弟子育成など大賢者の仕事な訳はないではないか。弟子は師匠の後ろ姿を見て、勝手に育っていくものだ。それが出来ないようなら、それは弟子自身の資質の問題であって、大賢者がそんなことに責任を感じる必要はまったくない。

 マルトはかぶりを振り、再びアストラスを見た。

「それは今はいいでしょう。今最も重要な事はお師匠様が見た赤い光の正体、その流星群がお師匠様が言う災厄の要因だということですね」

「おぬしの慧眼は恐れ入る。儂もただ流れ星が流れたというだけで、こんなにも不安な気持ちになりはしまいよ。確かに赤い流星は、何かの吉兆と考える者もおるかも知れん。儂が、儂が見たそれは……」

「それは?」

「北より西に流れたのじゃ!」





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