06 カッサ王国の夜会
夜会の当日までは、王都を徒歩で見回って時間を潰していた。
聖騎士にはこの国の状況を教皇様に報告する義務があるそうで、現状を把握するために出かけるという。
伯爵家でお世話になっていた私たちも暇だったので一緒について行くことにしたけど、雰囲気は車窓から見た時に思った通りやっぱり寂れていた。
この国はこれが普通なんだろうから、ゼ・ムルブ聖国の華やかな王都と比べるのが、そもそもいけないのかもしれない。
そして夜会当日。
「我々はこの場所で待機しております。何かありましたら、ライルが呼び笛で合図をすることになっておりますのでそちらへ向かいますから、ルル様たちはこちらへ避難してきてください」
「ええ、皆様にはご心配をお掛けして申し訳ありませんが、しばらくこちらでお待ちくださいね。ご挨拶だけのつもりですから、それほど長くはかからないと思いますわ」
「承知いたしました。では、お気をつけて」
聖女とはいえ、夜会で聖騎士に囲まれた警護は物々しくなりすぎると難色を示された。
王宮には衛兵が警備しているし、貴族たちは公爵も含めて誰一人として護衛など連れてはいないのに、うちの国がそんなに信用できないのかということらしい。
それでも、こちらは突然呼び出されただけだし、国から招待されてカッサ王国に来たわけでもない。護衛として、一人だけは中に入ることが許されたので、代表でライルが私たちと一緒に王宮内へ向かうことになった。
「ライル様はローザだけに注意を払っていてくださいね」
「ルル様の仰せのままに」
「はあ!? 二人とも何を言ってるんですか。私なんかよりルル様ですよ! いくら私の方が危なっかしいとしても、ライルさんはあくまでも聖女の護衛なんですからね」
ライルは苦笑いだけして返事はしなかった。なんだかなあ、もう。
「ルル様はご自分のことを蔑ろにしすぎですよ。その度に私は寿命が縮む思いなんですから、もっとご自分を労わってください。たとえそれに理由があったとしてもです」
「ローザを心配させるようなことなんて……あったわね……」
「何度もですよ」
目の前で殴られたり、刺されたりしてるから。
「ごめんなさい。ローザにつらい思いをさせてばかりいるのね。だったら、ローザも聖騎士の皆さんたちと残ってもらった方がよかったかしら」
「な? 私はルル様についていきます。置いていくなんて言わないでください」
「困ったわね……」
そう言いながら、ルル様がライルに目配せする。
「では、私がちゃんとお二人を警護すればいいだけのことですから」
「お願いしますよ」
ルル様の反応を見ているとちょっと不安になる。
この国は王子二人が争っているんだし、王宮内も和やかだとは思えないから、警戒はし過ぎるくらいでいいと思うんだけど。
「聖母様たちはどこにいるんでしょう?」
私たちは大広間の入り口で聖母パドマたちと待ち合わせをしていた。母子二人、ゼ・ムルブ聖国で療養することを王妃様に伝える機会がちょうど出来たからと、私たちと一緒に挨拶に行くことになっている。
そんなわけで二人を探していると、王宮にやってきた貴族たちからジロジロと無作法な視線を向けられた。煌びやかな装いの令嬢たちのなかで修道服姿の私たちはかなり浮いているようだ。
ルル様も居心地が悪いのか表情が少し渋い気がする。いつもにこやかにしているライルが無表情になっているので、彼もこの状況に緊張感が高まっているんだろう。
「普段なら、ルル様が治療された方々がいらっしゃいますから、誰かしらは声を掛けてくださいます。だから、こんなあからさまに余所者を見るような態度はとられないんですけどね」
「そうですか。それにしては……」
「何ですか?」
「いえ……」
「お待たせしました」
ライルが何かを察したようなので、それを聞きだそうと思っていると、聖母の方から私たちを見つけたらしく、声を掛けてきた。
「わたくしたちも今来たところですわ」
「でしたらよかったです。では、さっそく王妃様のところへご挨拶に伺いましょうか。あたくしたちも長居をするつもりはございませんの。聖女様たちとご一緒にお暇しようと思っておりますわ」
「わたくしも、聖母様にご紹介いただけると話が早くて助かります」
伯爵のあとをルル様と聖母パドマ、そしてリンダと私が連なり、最後尾でライルが護衛という状態で、大広間に入った。王家の人々がいる前方を目指していると、今度はトバイアス王子が向こうからやってきた。
「これはこれは聖女殿。本日お会いできるのを心待ちにしていたところだ。本当だったら私からドレスを贈るべきところを、受け取ってはもらえないと聞いていたので、申し訳ない」
「聖女は修道服が正装ですから、お気になさらないでください」
「そうか、では、母上のところへ」
トバイアス王子が嬉しそうにルル様を誘導している。なぜだ?
トバイアス王子からの申し込みはすでに断っているのに。私は不思議に思ってうしろ姿を見つめていた。




