05 名前の威力
「無理は承知の上でお願いしている。私は兄のジュリアスにこの国を任すことができないのだ。王位を望んだところで、生まれが二番目だというハンデは、どうしても覆すことができない。だから聖女殿の力を貸してほしいのだ」
トバイアス王子の言っていることは理解できなくもないが、そこにはルル様の気持ちがまったく入っていないし、トバイアス王子にだけ、得をする話だと思う。
これって新手の聖女獲得方法なのでは?
「申し訳ございませんが、そのご相談はお受けできかねます」
「そこをなんとかならぬか」
「トバイアス殿下が欲しているのは、隣にたつ女性の肩書でしょうから、それは聖女でなければいけないものではございませんわ。わたくしはこれから先もゼ・ムルブ聖国で聖女として人々を助けたいのです」
そりゃあ、聖女の中の聖女と呼ばれているルル様をつなぎ留めたいなら相当の理由が必要だろう。
それに、絶対あり得ないけど、万が一ルル様が受けたとしたら、ファーガス皇帝がカッサ王国に何をするかわからないと思う。今は夢の隠居生活を目指しておとなしくしてるけどさ。
「ファーガス皇帝と聞こえたが? ウォークガン帝国の皇帝陛下のことか?」
あれ? 私、声に出てたの?
「ええ、そう言いました。代替わりをしたあかつきにはゼ・ムルブ聖国にいらっしゃるそうです。わたくしとそうお約束してくださいました」
なんだルル様自身が話していたのか。
ルル様には珍しく、うまい具合に男除けに使ってた。
その話はファーガス皇帝が勝手に老後をゼ・ムルブ聖国で過ごすって言っていただけだと思うけど、私の知らないところで何か約束をしているのかもしれない。
「そうでしたか。先約がある方に無理強いはできない。私からの話はなかったことにしてほしい」
「承知いたしました」
ファーガス皇帝の名前には威力があるらしい。
ウォークガン帝国を敵に回したら、王位争いなんてしている場合ではなくなりそうだし賢明な判断だと思う。
あと、ルル様クラスを独り占めするとなれば、どれだけの支度金が発生するか想像しただけで恐ろしい。カッサ王国ではかなりの負担を強いることになるのではないだろうか。
今回、ルル様は諦めたとしても、他の聖女に声を掛ける可能性もあるだろうから、念のため聖母経由でトバイアス王子に教えておいてあげたほうがいいかも。
話がついて私たちは解放されたので、聖母パドマたちと一緒に伯爵家へと戻ることになった。
今夜はこっそり伯爵家で祝賀会を開くことになり、私たちも招待されている。
今後の予定としては、聖母たちの旅の準備ができるまでの間、せっかく北の果てまでやってきたのだから、ルル様と聖女の癒しで人々を治療して回ることにした。
だから明日からは、カッサ王国にある聖教会を巡ることが決まっている。きっと、そこに仕えている神官たちも聖女のルル様が労をねぎらえば喜ぶことだろう。
「二人のことよろしくお願いします」
祝賀会で聖母パドマの夫である伯爵にお願いされたけど、実は一生ゼ・ムルブ聖国で暮らすわけではない。
トバイアス王子かジュリアス王子のどちらかが王太子に決まってしまえば、聖母の肩書で危険な思いをすることがなくなるだろうから、状況を見て二人はカッサ王国に戻ってくることになっている。
トバイアス王子はルル様にあんなことを言ったけど、リンダに対しても聖母の娘で、いずれその名を継がせようと思ったから求婚していたのだろうか。
もし、本当に両想いだとしたら、トバイアス王子の理想についていけず、身を引かなくてはいけなくなったリンダはつらいだろう。本当はトバイアス王子が王太子ではなく、公爵になったほうが気兼ねなく嫁げそうな気がするから、王位争いに負けたら一緒になる可能性があるのだろうか。
なんて考えていたら、リンダの方から話を振られてしまった。
「ローザさんはゼ・ムルブ聖国に婚約者はいらっしゃるの?」
「いいえ、今は聖女を目指して修行中の身ですから、そういったことは眼中にありませんので」
「そうなのね。それは聖女様や見習いの方たちだけなのかしら? この国では私たちくらいの年齢になると婚約者が決まっていない人の方が少ないの。私はトバイアス殿下に求婚されていることを周囲に知られているから誰からもお声がかからなくて……」
「ゼ・ムルブ聖国ではそんなことないと思いますよ。私の知り合いもほとんど相手がいませんから。リンダさんはトバイアス殿下のことを慕っているのではなかったのですか」
「志の高さに対しては崇拝はしていますけど、好きかと聞かれたら答えはいいえですわ。だいたい、あの方の求めているものが愛ではありませんし、私は母ほど善意は持ち合わせておりませんから」
聖母の名を継いでほしいと言われてから、逃げることしか考えていなかったとリンダは苦しそうに笑った。
リンダは聖母の娘という立場のせいでトバイアス殿下に振り回されてしまったのだろう。王太子の件が早く決着して、彼女が本当の幸せを掴めるといいのに。
それから三日間ほど聖教会をはしごして聖女としての仕事に励んだあと、王都に戻って来たんだけど……。
「お二人に王妃様から招待状がきております」
戻ったことを伯爵家に挨拶に行くと、聖母パドマから渡されたのは王宮で開かれる夜会の招待状だ。
「私もですか?」
「ええ、聖女ルル様と見習い聖女のローザ様、お二人にですわ」
聖女を賓客として扱う国は多いから、こういったことはよくある。ドレスコードで修道服が引っかかる場合はそれを理由に断るんだけど、カッサ王国は構わないらしい。
「今回はご挨拶だけしておきましょう」
「わかりました」
私は未だにマナーがなっていないようだから、上げ足を足られるような場所に出ると聖女の立場を汚してしまいそうで怖い。
聖女になるためには癒しはもちろんのこと、私にはマナーという大きな壁が立ちふさがっている。




