09 できれば目立ちたくありません
「ごきげんよう聖女様」
王宮のホールの入口でルル様にアマンダが声をかけてきた。
「こんばんは。アマンダ様」
「聖女様はドレスも地味なのねえ。質素倹約でしたっけ? だと言うのになんなの貴女は」
アマンダはいつも私には挨拶をしない。嫌われているからか、私という存在を目にも入れることが少ない。それなのに、今日は頭の天辺からつま先まで、睨むように凝視されてしまった。
それもそのはず、アマンダのドレスも深紅だったからだ。私は公爵令嬢とドレスがかぶってしまっていた。
ドレスの質はわからないけど、私が着ているドレスはエラン王太子が用意したものだ。それなりに高価な物だろう。
そういうことも含め、すべてが気に入らないのかもしれない。
「ローザのドレスですが、エラン王太子殿下から用意していただきましたの。わたくしのドレスもですのよ」
「あら、そう」
さすがにエラン王太子が選んだものに文句はつけられないのか、アマンダは『ふん』と、鼻息を荒くしてどこかへ行ってしまった。
その後は、誰にも絡まれないように、ルル様とふたり、目立たない壁際に避難をしていた。
それなのに……。
「探していたんですよ、聖女様。私がエスコートしますから、今日はずっと一緒に過ごせますよ」
今度はリコードだ。自分の前髪をさっと手で払う。その仕草がかっこいいと思っているのだろうか。いつも思っていたけど、こいつは絶対ナルシストだ。
「申し訳ございません。わたくしは皆様にご挨拶をしなければいけませんので、お時間があまりございませんの」
「遠慮はいりませんよ。聖女様の挨拶回りなら私も一緒に行きますから」
遠慮ではなく、迷惑がっているのがわからないのは、ルル様が自分のことを好きだと思っているからだろう。
どうやったらそんな発想になるのかわからないけど、侯爵嫡男のリコードを袖にできる令嬢は王族か公爵令嬢のアマンダくらいしかいない。それに確かに見目は整っていて、結婚相手の条件としては好物件だ。
それで勘違いしちゃったのか?
私にはリコードが自分で思っているほど魅力があるとは思えない。
こいつ性格悪いしな。
心の中で悪口を言っていると、リコードは私に目を向けた。
「ローザさん。その姿は聖女らしくありませんね。ゼ・ムルブ聖国の聖女は派手な衣装は身につけないと聞いていますよ。あ、貴女は見習いでしたか」
「…………」
やっぱり嫌な奴だ。
「リコード様、こういうドレスを着る機会が少ないだけであって、聖女の着るものに制限はありませんのよ」
すかさずルル様がフォローを入れてくれた。
「そうでしたか、何かの文献で読んだ気がしたのですが」
リコードは、なぜかルル様に対する態度だけは優しい。そう言っても口角を上げて笑みを作っているだけで、その目はいつも笑っていなかった。だから私はリコードの言動を信用していない。
「聖女とローザ嬢、貴女たちはとても目立つな。遠くからでもわかったぞ」
ニクソンだ。
私たちが目立っていたのではなくて、リコードが騒いでいたからだろう?
いつも通りニクソンの私に向ける視線がとても気持ち悪い。わたしは両手で肩を抱いた。
「もう夏も近いというのにローザ嬢は寒いのですかな?」
「いえ別に」
「それならよろしいのですが……」
「あー、ローザちゃん。他の男に、僕より先にドレス姿を見せるなんてダメじゃないか。あれなんで胸隠してるのさ」
阿呆のモールスまでやって来た。
この阿呆はアマンダとは真逆で、いつも私にだけ話しかけてくる。ルル様が目に入らないようだ。
おまえはルル様の御心をつかむ役目があるんだろうが。
いや、私はルル様の好みのタイプを知らないから、万が一ルル様が心を許してしまわれたら困るな。
こいつは阿呆のままでいいや。