21 マルセルの境遇
ドン、ドン、ドン
私たちの部屋のドアがすごい力で叩かれたのか、ものすごい音がした。こんなことをするのは一人しかいない。
しばらく放っておいたけど、どんどん音が大きくなっているので、このままでは叩き壊されるかも。仕方がないので一応誰が訪ねてきたのか確認してからドアを開けた。
「大丈夫なのか」
「ファーガス皇帝陛下、ローザなら問題ありませんわ」
ルル様の言葉になぜかファーガス皇帝が首を傾げた。なんでもなかったことを、どうして不思議に思うのかわからない。
ここに来たってことは、一部始終を誰かから聞いているよね? 話を最後まで聞かずに走ってきちゃったとか? それとも……。
「どうかなされましたか?」
「いやなんでもない。ルルがそばについていれば大丈夫だと思っていたが、今回のことは儂のせいかもしれないからな」
この国で私が命を狙われるとしたらそれ以外考えられない。かもしれないじゃないだろうが。
「お気遣いありがとうございます」
それでも私は大人の対応をすることにした。
「ローザに何かあったら、ルルに顔向けできない。儂の人生設計が台無しになってしまうところだったぞ」
ルル様との老後>私の命
そういう人だった。
「私たちは向こうに行っています」
ファーガス皇帝が何を言い出すかわからないから、私はコーデリアを連れて寝室へと場所を移動した。
コーデリアもマルセルのことがあるから、今はファーガス皇帝と一緒にいるのはつらいだろう。
応接室ではファーガス皇帝が待ちに待っていた、ルル様と二人っきりの瞬間がやってきた。
でも、あの時とはふたりの関係性が変わっているから、恋愛感情と同等にファーガス皇帝が嬉しいと思っているのかはわからないけど。
息子と話がしたいのはおかしくないけど、二人っきりになりたいって変だもんね。
とりあえずでっかいベッドにコーデリアを座らせて、私はドアに耳をつける。
うん。コーデリアからの視線が痛いけど、だっていろいろ気になるじゃないか。
「マル――様はな――あのよ――犯行を?」
「精神を――んでい――で、自暴自棄――ていたら――」
うーん、よく聞こえないな。場所を変えるか。
「貴女には申し訳ないし、やったことは許されないことだけど、お父様はかわいそうな人なのよ」
「ん?」
ルル様たちの会話をなんとか聞き取ろうとしていた私に向かってコーデリアが話しかけてきた。
「もともとお父様には野心なんてなかったのに、お婆様のせいで神罰があたってしまったことから人生が狂ってしまったんだわ」
事件を起こした理由はわからないけど、それに対しては悪いことだってわかっているみたい。それでも、コーデリアは父親の境遇に同情しているらしい。
「ロイヤルヴァイオレットでなくなったことで誰からも信用されなくなってしまったし。もともとは私と似ていたのに、今の顔に変わってしまったことでお母様の気持ちが離れてしまったそうなの。だから離縁して実家に戻ってしまったわ」
コーデリアの母親の話が出てこないと思ったら、すでに城にはいなかったんだ。
「しかも身分が曖昧なまま城の片隅においやられて、その上、ロイヤルヴァイオレットの兄弟たちからずっと監視されていたんだもの。辛くないわけないわ」
「コーデリア様も同じですよね」
「私は物心ついた時からあそこで暮らしているから、それが普通だと思っているの。だから気にならないわ。でもお父様は違う」
「そうですか」
聞くんじゃなかった。
マルセルがそうなったことも、コーデリアが母親からマルセルと一緒に捨てられたことも原因は神罰だ。そして誰が何故マルセルにくだしたのかを私は知っている。
「だけど、お父様が貴女にしたことはちゃんと罰を受けるべきだと思っているわ」
「コーデリア様……」
コーデリアは上流貴族特有の傲慢さはあっても考え方はまともだと思う。
マルセルはこの子をちゃんと育てていた。なのになんで自分があんなことをしてしまったんだろう……?




