11 そっくりなふたり
その男性は私たちに軽くお辞儀をしてすれ違い、そのまま廊下を歩いて行った。
あの人はいったい?
「マルセル様とはまったく関係ないわよ」
聞いてもいないのにルル様がそう言ったということは、マルセルを知っている人は、誰でも私と同じことを疑問に思うということだ。
マルセルはファーガス皇帝の兄弟で、先代の皇帝とブリジットの子どものはずだから、あの人が父親なはずはないんだけど……。
「親戚でもないんですか」
「遠いどこかで血は繋がっているのかもしれないわね。コーデリア様の瞳のように隔世遺伝の例もあるから」
それにしてはあまりにも似すぎている。
あの顔は特徴的だから、ちょっと似ているだけでそう思ってしまうのかもしれないけど。
部屋へ戻ってから、私はドアにしっかりと鍵を掛けた。
夜の間は聖騎士たちも与えられた各自の部屋で休むため、自分のことは自分で守る必要がある。だから、この前みたいに相手を確認もせずに鍵を開けたりしては絶対にダメだ。というか、誰が訪ねてこようと朝まで無視することに決めている。
あの時の私は本当に不用心すぎた。
「ブリジット様は、あの頃、上手く立ち回っていた方のおひとりなのよ。だからマルセル様は処分を免れたわ」
「はい?」
廊下で会ったマルセル似のおじさんつながりで話を始めたんだと思うけど、突然ブリジット一家のことを言われても意味不明だ。
でも最近私は気がついた。
こうやって私が驚くような話を、唐突にする時のルル様がとても楽しそうだということに。たぶん私の反応が面白んだと思う。
それでも、いつも気を張り詰めていなければいけない聖女のルル様に、少しでも笑いを提供できるなら、私は全然かまわない。
「マルセル様はロイヤルヴァイオレットではなくなってしまったし、ファーガス皇帝陛下の陣営にも入れてもらえなかったの。それでマルセル様が権力を握ることは不可能になったわ」
「ファーガス皇帝陛下が取捨選択したんですよね」
「ええ、だから今はブリジット様自身がファーガス皇帝陛下の義母と言う立場を盾にして言いたい放題しているみたいね。だけど、十年前は表面上ファーガス皇帝陛下にも友好的な態度で接していたのよ」
その頃に敵対していたならマルセルはこの世にいなかっただろう。
「だけど裏ではロイヤルヴァイオレットたちに仲間同士で懐疑心を持つようなことを吹聴して、ご自分では手を汚さずにライバル同士が共倒れするのを狙っていたみたいなの」
「それは罪にはならなかったんですか」
「うわさ話をしていただけだもの。そんなことは貴族社会でよくあることだから、何もしていないブリジット様を処罰するわけにもいかなかったのよ」
「それでマルセル様以外のロイヤルヴァイオレットがいなくなるのを待っていたと?」
「そのようね。最後までマルセル様の珊瑚色の瞳を『薄くなってしまったけどこれはロイヤルヴァイオレットよ』って言い張っていたもの」
ブリジットがいくらうまく暗躍していたとしても、ルル様が本気になれば本当の姿を暴くことはそれほど難しくないだろう。
それなのに今現在も放置されているなら、ルル様にとって、ブリジットとマルセルは警戒する人物ではなかったということなのか。
「でもね、そのあとご自分もうわさ話に翻弄されることになってしまったの」
「ブリジット様がですか?」
「先ほどすれ違った方、マルセル様にそっくりだったでしょう。だから、先代の皇帝陛下の御子様ではなく、本当はあの方が父親ではないかと言われていたわ。先代も少しは疑っていたようだから、そうとう肩身が狭かったのではないかしら」
「それって実際にはどうなんですか? もし本当に父親があの男性だったらそれこそ大問題ですよね」
だからロイヤルヴァイオレットの因習が今でも続いているのかもしれない。
「あれ、たしかマルセル様も始めはロイヤルヴァイオレットだったんですよね? だとしたらやっぱり他人の空似ってことですか?」
「ええ、マルセル様は間違いなく先代の御子様よ」
そうでなかったら、皇位継承権の争いに参戦できるわけがないし、それどころか、ブリジットやマルセル、そしてあのおじさんは先代の皇帝に斬首されていた可能性が高いと思う。
「マルセル様はブリジット様がファーガス皇帝陛下の足を引っ張り始めた頃からだんだんと瞳の色と容姿が変わっていったの。疑われてはいたけれど、ブリジット様とあの方とはまったく面識がなかったそうだし、娘のコーデリア様が赤紫の瞳だったことで、その血統は証明されているわ。でも一度広がったうわさはなかなか消えるものではないから大変だったみたいね」
それは……ブリジットとマルセルに神罰がくだったんですよね、ルル様。
処刑するほどではないけど、黙らせたかったんだろう。
あれ、ちょっと待って。
一度広がったうわさはなかなか消えるものではないから大変って、私もそうなんじゃないの?




