06 渦中の人なんてごめんです
「ファーガス皇帝陛下はご自分のお立場をお考え下さい。こんな夜中に女性の部屋を訪ねたりしたら周りがどう思うかわからないわけではございませんでしょう」
「もしかして焼いておるのか? こ奴には何もしておらぬから心配しなくても大丈夫だぞ。それにそこは儂もちゃんと考えておる。だから誰も連れずにひとりでこうして忍んでやってきたのだからな」
「わたくしが心配しているとしたらローザのことだけですわ。忍んできたと言われますが、こうしてわたくしにばれているではございせんか」
「それは仕方があるまい。ルルは儂のことには敏感だからな。それより焼いているのではないならルルはなぜそんな表情をしておるのだ? おう逆か、逆なのだな。ルルの思惑通りに、儂が動かなかったからだろう」
ファーガス皇帝が独り言のようにつぶやいている内容は、私には何のことかまったくわからないけど、ルル様がお怒りの件はどう考えても私のためだろう。
ファーガス皇帝自身、下心があったわけではなく、何かの確認だけにきたみたいだけど、自分の父親のことを顧みればわかるはずなのに。
「ローザはわたくしの部屋へ連れて行きますので。ファーガス皇帝陛下もご自分の居室へお戻りくださいませ」
「うーん、違うのか? ルルの考えがわからんようでは儂もまだまだだな。謎が深まったぞ」
なぜかまた視線を私の向けるファーガス皇帝。
こっちだって貴方様の思考が謎だらけですよ。ルル様は普段はまともだと言っていたけど、裏を返せばルル様が絡むとまともではなくなるということではないだろうか。
「ルルよ、この謎は儂が解くまで正解は言わないでくれ。お主からの難題受けて立つからな」
そう言ったかと思うとルル様が開け放っていたドアから、それはそれは楽しそうに去っていくファーガス皇帝。
ルル様から生い立ちを聞いた時には、凄い人だなってちょっと崇拝しかけていたんだけど。いまの見ちゃったら気持ちも変わるわ。
結局私はルル様の部屋の大きなベッドで一緒に寝かせてもらうことになったので、ルル様の邪魔にならないようにできるだけ端っこで小さくなって眠った。
次の朝。
最悪なことにファーガス皇帝の行動はすでに城中に広まっていたようだ。
「誰も何も言ってきませんけど、みなさんの生暖かい視線が私に集まっているということは間違いないですよね。最悪です」
「本人には否定するようによく言っておくわ。ローザには迷惑を掛けて本当にごめんなさいね」
「ルル様が悪いわけではないですし、うわさ話なんてすぐにみんな飽きると思いますから、それまで我慢しますよ」
これからファーガス皇帝に関わらなければいいだけだ。そう思っている私を申し訳なさそうに見つめるルル様。
「実はね、ファーガス皇帝には未だにお相手がいらっしゃらないので、側近の方たちが気をもんでいるの。だからそろそろファーガス皇帝陛下に身を固めていただきたいそうなのよ。だからわたくし、教皇様から説得役を頼まれているわ。お仕事ではないから、強制ではないのだけれど」
それはファーガス皇帝をちゃんと振って来なさいってことじゃないだろうか。
ファーガス皇帝はルル様を妻にと望んでいるようだから、ルル様がその気になれないなら、諦めてもらわなくちゃいけないと思う。だけどルル様にご執心なファーガス皇帝相手では骨が折れそうだ。
「だから、勘違いとは言え周りが勝手に期待してしまうかもしれないの」
「ファーガス皇帝にも気高さがないって言われましたけど、私なんて重鎮のみなさんのお眼鏡に適うような立場でも人格でもないでしょうに」
「ローザはいずれ聖女になるでしょ……」
聖女に対するウォークガン帝国の人たちの基準がルル様だとしたら。側妃候補として私でもありってこと?
無理だから。ルル様のようになんか、私がなれるわけないし、お互いにそんな気がさらさらないのにそんな風に思われても困る。
今までは常に傍観者でいたから、王族が相手でもあまり気にしないで接していたけど、今回はちょっとまずいかも。
ルル様を守りたい私はずっとお側にいたい。だけど、そうするともれなくファーガス皇帝がついてくる可能性が高くなる。
ファーガス皇帝が私なんて相手にしていないのはわかっているけど、それを見た城の人たちにはずっとあんな目で見られるのか!?
私は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「それでも大丈夫よ。ローザのことはわたくしが絶対に悪いようにはしないから」
そう言ってくれるルル様の言葉だけを頼るしかない。
とりあえず心の中で叫んでおく。
『ファーガス皇帝のド阿呆』




