04 皇位継承権
「いずれ皇帝になるファーガス様は、ゼ・ムルブ聖国にずっと避難しているわけにはいかなかったの。代替わりの直前にウォークガン帝国へ戻ったとしても、誰も信じられる者はいないし、逃げ隠れしていたファーガス様に臣下がついてくるとも思えなかった。だから十年前に母国へ戻ることを決めたわ。その際にわたくしも、教皇様に言われてお手伝いすることになったの」
そうだとすると、そのころルル様は八歳。そんな頃からのつきあいなんだ。
「ルル様がそばにいらっしゃれば頼もしかったでしょうね」
そう言った私に、ルル様は静かに目を伏せた。
「わたくしの力は生者しか癒すことができないわ。命を失ってしまえば救うことができない。だから、瞬殺されたら終わりなのよ。あの方はどんな時でも命の危機に備えなければいけなかったの。そのストレスは計り知れなかったと思うわ」
もしかしたら阿呆かと勝手に思っていた私。
その話を聞いてファーガス皇帝に対する印象が百八十度変わった。
そんな状況、私には耐えられない。
「そんな状態だったのに、今は大丈夫なんですか」
「ええ、この国のロイヤルヴァイオレットはファーガス皇帝陛下の味方しか残っていないから」
「ロイヤルヴァイオレットって?」
聞いたことがない単語だ。
「ウォークガン帝国で皇位継承権がある方たちの総称よ。この国は、瞳の色が紫でなければ、それがたとえ王妃様のお子様だとしても、皇位を継ぐことができないと決まっているの」
「たしかにファーガス皇帝の目の色は青紫でしたね」
「あれは皇帝色と言って、正真正銘皇帝陛下の子どもだと言うことの証とされているわ。だから他の色ではだめなのよ」
「それなら母親に似てしまった子どもには継承権が発生しないってことですか。同じ息子でありながらそれはなんだか複雑ですね」
いつの時代に決められたことなのかわからないけど、それがずっと変わらずに今も続いているということは、結局先代の皇帝も含め、代々の皇帝も王妃や側妃の裏切り行為があると思っていたということだろうか。
なんだかそれは、信じられない方も、信じてもらえない方も、どっちもとても切ないと思う。
それに皇帝色ではなくても優秀な子どもだっているだろうに、瞳の色だけで弾かれてしまうなんてもったいないような気がする。
「そうね。でもそのおかげでファーガス様が皇帝陛下として君臨することができたのよ」
「さっきロイヤルヴァイオレットは味方しか残っていないって言ってましたけど?」
それってまさか……。
「なぜかしらね。ファーガス様のお命を狙った方たちに関係ある御子様たちは、成長するにつれて瞳の色が変わってしまったわ」
それだけ聞けば、説明は不要だ。
ルル様が暗躍していたとなれば――わざわざ確認しなくても今代のロイヤルヴァイオレットが優秀な者ばかりなのだとわかってしまった。
「それも一種の神罰でしょうか。人の命を奪うような者が皇帝になるだなんて、そんな非道なことは神がお許しになりませんもんね」
とりあえず、私はいつものように話をルル様に合わせてみる。
「そうかもしれないわ」
『うふふ』と笑うルル様。
もしファーガス皇帝が、ロイヤルヴァイオレットの変色の件を、実はルル様の力によるものだと知らなかったとしても、自分の身体が傷つけられた時に、いつもルル様が癒していたとなれば、そりゃあ嫁に欲しいと思ってもおかしくはない。
怪我や病気が治って便利とかそういうこと以前に、命を狙う者ばかりの中で、自分を救ってくれる存在がいることはどれほど助けになり、心の拠り所になったことだろう。
そんなことがあったとわかれば、ファーガス皇帝のルル様へ対する愛着の深さもよくわかる。
わかるけど、でも世界にたったひとりしか存在しない、欠損部分まで癒せる聖女のルル様に『嫁に来い』ってどうなんだろう。
見たところルル様はまったく乗り気ではない感じだけど、教皇様が絡んでいるとなると、ファーガス皇帝との間で何かしらのやり取りがあったはずだ。
はたしてルル様はそのことをご存じなのだろうか。




