01 ウォークガン帝国
「ルル様―、申し訳ありませんがまた気持ち悪くなってしまいました」
「船酔いだから船を降りるまではしかたないもの。気にしないでね」
「何度もすみません」
聖女見習いの私ローザは、大海原を進む客船の個室で、吐き気を伴う気持ち悪さをルル様に治療してもらっているところだ。
「帝国って馬車でも行けるんですよね?」
「そうなのだけど、船の方が断然早いのよ。ローザは苦しいでしょうから、可哀そうだけど」
私は首を横に振る。
「私は大丈夫ですよ。ルル様のおかげでなんとかなっていますから」
「それならいいのだけど。無理はしないで、気持ち悪くなったら遠慮しないで言ってちょうだいね」
「はい。ルル様にはお手数をおかけしますけど、よろしくお願いします」
今回私たちは西の中心であるウォークガン帝国に向かっている。帝都が西の端の海沿いにあるため、馬車で大陸を進むより船の方が早い。そういうわけで海道を使うことになったのだ。
「本当に世界中、どこにでも行くんですね」
「そうよ。聖女はゼ・ムルブ聖国にしか産まれないから、その力があるわたくしたちは世界中の人々を癒さなくてはいけないの」
「私も少しでもお役に立てればいいんですけど」
「ローザは十分やっているわよ。近いうちに聖女として認定もされるのではないかしら」
「そうだといいんですけどね」
ルル様は慰めてくれるけど、自分の実力がまだ聖女の域まで到達していないのはわかっている。
こればっかりは人それぞれの素質に左右されるから、年をとれば必ず聖女の力が身に着くというわけでもない。
「それでも、それまではルル様のお側で修業し続けます」
私の言葉を聞いたルル様が優しく微笑んでくれた。
誰にでもその手を差し伸べて人々を救おうとするルル様は、本当に聖女の中の聖女だと思う。
だけど私の中で『普段のルル様は』と前置きがついてしまうのは、このところとても濃い日々を過ごしている所以だろう。
「ルル様はウォークガン帝国にいらっしゃったことがあるんですよね」
「ええそうよ。もしかしたら一番滞在歴が長い国かもしれないわ」
「ゼ・ムルブ聖国からは遠いのにですか? あ、国土が広いからですかね」
「それもないことはないんだけど……ウォークガン帝国はいろいろと事情があったのよ」
ルル様が『いろいろ』言うくらいだから、私なんかじゃ想像もつかない、相当なことがあったのかもしれない。
「今回ローザは通常のお仕事になるけど、実はわたくしがウォークガン帝国を訪ねる主な理由は、癒しとは別にあるの」
「まさか、また国内に愚か者が溢れているとかじゃないですよね」
「それは一応数年前に終わっているわ」
やはりウォークガン帝国も、すでにルル様の洗礼は受けているんだ。
それで、ルル様の滞在歴が一番長いとなれば、何があったか想像するのも怖いんだけど。
「今回はあくまでも個人的なこと、と言うことになっているのだけど、教皇様から直々のお達しがあったから、お仕事に支障が出ない程度に動こうと思っているわ」
ルル様はいつもと違っていい方が曖昧だ。個人的なことと言いながら教皇様が関わっているなんて、なんか、ややこしいし、不自然極まりない。
それでも……。
「私はルル様の指示に従いますから、必要なことがあれば言ってくださいね」
「ええ、その時はお願いするわ。ローザにはいつも苦労を掛けてごめんなさいね」
「いえいえ、私にできることがあれば何でもしますよ。少しでもルル様のお力になりたいですからね」
そう、たとえそれが猫になることであろうとも。




