13 裏の顔が凄すぎる
「お願いします、聖女様。我々にご助力いただけませんでしょうか」
「クロエはゼ・ムルブ聖国へ連れて帰ることが決まりましたのでご安心ください」
「クロエさんのことはもういいのです。お願いしたいのはサミエル様についてですわ」
ルル様はライリー公爵に呼び出され、公爵家の応接室で公爵とヴィクトリアに懇願されていた。
私はその様子をルル様のとなりに座って静かに聞いている。
「サミエル王太子殿下ですか?」
「はい。とうとうヴィクトリアとの婚約が破棄されてしまいました」
あれだけ酷いことを言われたんだから、さすがのサミエル王太子も今回ばかりはやることが早い。
もともと婚約破棄の話はあったから、ある程度進んでいた可能性も無きにしも非ずだけど。
「そうでしたか。ですがクロエのことは一時に気の迷いだったようですし、もう一度両者でお話合いをされて結びなおせばよろしいかと思いますが」
「それが……サミエル様はいまだに目が覚めていらっしゃらないようなのです。かたくなになっていて私たちとはお会いしてもいただけません。私どうしたらいいのかわからなくて」
悲しそうな態度のヴィクトリア。こうやって観察していると、昨日言っていた『温厚篤実な擬態は完璧』は本当だと感心するばかりだ。か弱いご令嬢の猫のかぶり方が上手くて、腹の底で悪いことを考えているようには到底思えない。
「ですから、聖女様からお口添えをお願いできないかと」
「申し訳ございませんが、わたくしたちもクロエの件があって、いい印象を持たれていないようですの。わたくしがお話したところで、お聞き入れしてもらえるとは思えませんが」
「左様ですか……」
「お力になれず申し訳ございません」
「いいえ、聖女様にはお時間をとらせてしまいこちらこそ申し訳ない」
ルル様は立ち上がり二人のそばで跪いた。
「元気をお出しになってくださいね」
そう言いながら順番に二人の手を両手で包む。
「お二人に神のご加護がございますように。微力ながらお祈り申し上げますわ」
「ありがとうございます」
「では、わたくしたちはこれで。ローザお暇いたしましょう」
「はい。ルル様」
公爵家の人たちに見送られながら私たちは屋敷を後にした。もちろん今回もこのままゼ・ムルブ聖国へと出立する。
ちなみにクロエは別の馬車で送還されるので、私たちとは別行動だ。
「今回の件ですが、どうして教皇様はルル様を派遣されたのですか。やはり国が臣下の貴族に牛耳られるのをよしとはしていないからでしょうか」
私はケルパス王国の国境を越えた時点で、ルル様に質問してみた。
「それもあると思うのだけど、公爵家から直接依頼がきたことと、あまりにも言葉を飾り立てたことが原因だと思うわ」
「それはどういうことですか」
「ローザはライリー公爵がわたくしのことを『最も神に近い存在』と言ったことを覚えているかしら?」
「はい」
初めて会った時にそう言っていたと思う。
「まずその言葉自体が間違っているわ。最も神に近い存在は、教皇様なのよ」
「私もさらっと聞き流していましたけど言われてみればそうですよね」
実際、教皇さまがどのくらい凄い方なのか、私のような下っ端は知る由もない。
だけど、教皇様的にはそこが気に入らなかったのか?
「それに、ライリー公爵が依頼をしてきた時点で、サミエル王太子殿下に『神罰』を与えたいと願っていたということなの。神の力を自分たちの駒に使おうとしていたのよ。一番重要な点は、『神の裁き』を知っていた、と言うことね。その話を知る者はごくわずかなのよ。どこまで正確にご存知かはわからないけれど、それだけの情報を掴める貴族が、万が一危険人物だったりしたら、周りは困るだけではすまされないのではないかしら」
「そうですよね」
「だから教皇様は、場合によっては悔い改めてもらう必要があると思われたみたいなの。わたくしも一番最初に確認に行ってみたわ」
それでルル様が、クロエを出汁に使って、ケルパス王国まで確認に行ったということなのか。
そうか、私が猫になってサミエル王太子と遊んでいた時に、ルル様はライリー家に行っていたんだ。それがどういう状況下でかはわからないけど。
結局あのあと、ライリー公爵とヴィクトリアはどうなったんだろう。いや、ルル様にどうされたんだろう。
結末は知りたいけど、聞くのが恐ろしくて私は躊躇する。
「公爵家のあのふたりだけど、裏の顔が凄いんですって」
「裏の顔が凄い……」
ああ、最近私は自分の想像力が怖い。ルル様の言葉をそのまま頭の中で映像化してしまった。
「まさか後頭部に……」
「凄いっていうのは、絶世の美女と美男で間違ってないかしら」
そう言いながら『うふふ』と笑うルル様。それですべてを察した私はそれ以上質問するのをやめた。
元聖女のクロエはカナン伯爵家のゲイルに婚約破棄されたことで、ゼ・ムルブ聖国に返されて、聖女の資格と能力を剥奪された。
あとで教えてもらったんだけど、実は能力を奪えるのは教皇様本人ではなく、またしてもルル様の能力だった。身体のパーツを全部新品に入れ替えたら、癒しの能力もなくなるそうだ。聖女の癒しの力って、精神ではなく肉体に宿っているらしい。
今回ルル様はサミエル王太子には直接手をくだすことはしなかった。だけど、クロエとヴィクトリアという二人の女性に振り回され、しかもそれが愛ではなく、単純に自分を手玉に取るためだったことを知ったサミエル王太子は、自分の威厳のなさと、不甲斐なさを悔やみ、今までの自分から変わろうと努力をしているそうだ。
ちなみにこの件で女性不信に陥ったので、当分婚約者はできないだろうと言われている。
そして、ライリー公爵とヴィクトリア。
ダンダリア王国の時と同じで、人目を避けなければいけない事態になっているらしい。あれだけ傲慢で自信家だったんだから自分に『神罰』がくだるとは思っていなかっただろう。
だからより一層恐怖で震えているんじゃないだろうか。
ほとぼりが冷めた頃、ルル様が治療に行くのだろうけど、その頃には野心もなくなっているといいんだけど。
ケルパス王国での王太子婚約破棄事件はこうして幕を閉じた。
「ローザには嫌な世界を見せることになってしまってごめんなさいね。こんなことは稀で、失望しないでもらえるといいのだけれど」
「大丈夫ですよ。わたくしたちの使命は人を癒すことですもんね。ちゃんと気持ちを切り替えて頑張りますよ」
「そう言ってもらえると有り難いわ」
たぶん、ルル様のおそばにいる間は、これからも驚くべきことが待っているだろう。
それでも最終的には世界の平和に繋がっていて、こんな私でもお役に立てることがあるのであれば、ルル様の傍らで頑張っていこうと思っている。
「ケルパス王国編」完結しました。
ありがとうございました。




