12 婚約破棄事件の全容
「知りたい? でも貴女なんかに教えてあげる義理はないわよねぇ」
ヴィクトリアは自分で口にしたくせに、もったいぶって教えようとしない。
「わかってるわ。そんなのライリー公爵しかいないじゃない」
「「にゃっ?」」
あの優しそうな雰囲気のライリー公爵が黒幕?
「どうかしら。ねぇ、貴女はどうしてそう思ったの」
「今回の件で、ゼ・ムルブ聖国が出てきたからよ。私がやったことは褒められたことじゃないけど、あの程度のことで教皇様が手を貸すなんてよほどのことだわ」
「そうだとしたら、それだけお父様に力があるってことかしらね」
「私は知らないうちに怖ろしい人を敵に回してしまっていたの?」
『ルル様クロエ』が身を震わせながら両手で自分の肩を抱いた。それに気を良くしたのかヴィクトリアが饒舌になる。
「実際、王族だからって、すべての者が国を治める能力に優れてるわけないじゃないのよ。だから本当に才能がある者たちが裏で動いているわ。今代のケルパス王の時代はうまく入り込めなかったようだけど、日和見なサミエルなら傀儡にするにはうってつけだもの」
「公爵家が王家を乗っ取るつもり?」
「乗っ取る? そうね、あたくしが王妃にさえなれば表向きはどうであれ、この国はライリー公爵家が掌握することになるでしょうね」
「ニャンニャーン!」
『ルル様クロエ』の手は抗議する白猫をがっしりと押さえ込んだ。
「ヴィクトリアって案外口が軽いのね。そんなことを私に話したら、誰かに訴えられると思わないわけ? そうしたら貴方たちの計画も潰せるわよね? 神罰だって本当に当たるかもわからないのだし」
「心配していただかなくても結構よ。神罰なんて本当ではなくても構わないのだから。それらしい状況に持ち込めれば、あとは噂話でなんとでもなるわ。だいたい元聖女崩れの罪人の話に、耳を貸すものなんていないと思うもの。それに、あたくしたちの温厚篤実な擬態は完璧なのよ。貴女の戯言なんて誰も信じやしないわ」
「貴女は自分にそうとう自信があるのね」
悔しそうにそう言ってから『ルル様クロエ』は立ち上がる。そして小さな声で私に向かって「ごめんなさい。ちょっとだけ協力してね」と囁いてからおもむろにヴィクトリアの膝の上に黒猫の私を乗せた。
「キャッ。ちょっと何をするのよ」
それは、黒猫を振り落とそうとするヴィクトリアが、自分の膝に集中している本当にちょっとの間だった。
「どう思われますか。サミエル様」
「驚くべき事実だな。ヴィクトリア、話はすべて聞かせてもらった」
声がする方を見ると『ルル様クロエ』の横には、神父用の貫頭衣を身に着けたサミエル王太子の姿が。
格好つけているけど、サイズが大きいし、袖に腕を通していない状態なので、とても不自然だ。
まあ、今はそれに突っ込んでいる場合じゃないけど。と思ったらサミエル王太子もその状態に気がついたのか、すぐに自分で腕を通していた。
「サ、サミエル様!?」
ルル様はここへ来る前から神父服を手にしていた。なんでそんなものを持っているのかと疑問には思っていたけど、サミエル王太子をこのタイミングで人間に戻すためだったようだ。
猫の姿から人間に戻されたら服なんて着ていない。全裸のサミエル王太子を私たちの目の前に晒さないよう配慮したのだろう。
突然目の前に現れたサミエル王太子に、ヴィクトリアは唖然とする。
「なぜここに?」
「傀儡か――これほどまでに馬鹿にされていたとは……」
喉の奥からやっと押し出したような声のサミエル王太子は、とても悔しそうな、それでいて悲しそうな複雑な表情をしていた。
「ち、違いますわ。これも私たちを仲違いさせるために、すべてこのクロエが仕組んだことなのです。私が本心であんなことを言ったなんてお思いではありませんよね。サミエル様は今までの私を信じてくださらないのですか」
「信じるも何も……とにかくクロエとは関係なく婚約破棄の件は進める。おまえが王妃になることはないと思え」
それだけ言うとサミエル王太子は勢いよく部屋のドアを開け、バタンっと大きな音をたてて出て行ってしまった。
「あっ……お待ちくださいサミエル様」
放心状態だったヴィクトリアも、急いでサミエル王太子を追って外へと出ていく。
あれだけの暴言を吐いたあとに、いくら縋ったとしても取り返しはつかないだろう。
これで許すようなことがあれば、サミエル王太子は本当に公爵家の操り人形になってしまうと思う。
それにしてもヴィクトリアには驚きだ。
あの言動を見る限り、クロエに酷い言葉を掛けたとか、人のいないところで虐げたとかも真実だったのだろう。
人は見かけによらないと言うけど、ライリー公爵といい、ちょっと怖いんだけど……。
「心配しなくても大丈夫よ」
床の上で考え事をしていた私に、ルル様がしゃがみ込み優しく声を掛けてきた。
「世の中、いい人のほうがずっと多いのだもの」
「にゃっ?」
「なかにはちょっと悪だくみをする人たちもいるけれど、神様からの祝福を賜れば、彼女たちだって心を改められると思うの」
「にゃっ!?」
ルル様のその一言で、自分のことでもないのに、私の背中の毛は恐怖で逆立ったのだった。




