10 悪いのは誰
ルル様から、逃げ場がないことを知らされたクロエ。
ゼ・ムルブ聖国を敵に回すことになり、さすがに自分の状況の悪さがわかったのか、少しでも罪が軽くなることを祈りながら、今は教会でおとなしく過ごしていた。
「貴女にも言い分があると思うの。それもお聞きするから、審問官を賜ったわたくしの質問に、素直に答えていただけないかしら」
「それで、罰が軽減されるのであればね」
教会の一室でルル様はクロエと向き合っていた。その膝の上にはモフモフした白い猫が座っている。あそこは私の場所だったのに……。
ちょっと前まであの白い猫は私だったんだよな。
私はそう思いながら、ルル様が座っている椅子の後ろに立って、ふたりの様子を見つめていた。
「クロエさんは伯爵家のゲイル様に嫁ぐはずでしたよね」
「初めはそのつもりだったわ」
「では、なぜこんなことになっているのですか」
「この国の貴族のせいよ。ゲイルはわたしのことなんか好きではなかったくせに、甘い言葉で近づいてきた最低の男よ。釣った魚には餌を与えない主義みたいで、婚約が決まった途端に態度を覆したわ」
確かにゲイルは、クロエのことを好きなタイプとは真逆だと言っていた。
「あの男は夜会でわたしを放っておいて、自分は他の女を口説いていたの」
私にまで声を掛けてきたくらいだから、もともと女好きだったのかもしれない。
「ひとり残されたわたしに、優しく接してくれた男たちもいたから、その者たちと時間をつぶすことにしたの。だけど、それは単に下心があっただけのこと。別室へ行こうという誘いを断ったら、暴言を吐かれたわ」
見た目だけならクロエは可愛い。ひとりでいれば声を掛けてくる人がいてもおかしくはない。
「そのあと、貴族の令嬢たちに囲まれて嫌味を言われたわ。聖女の肩書がなくなったんだから平民と変わらないでしょ、男漁りなんてしていないで私たちの言うことを聞きなさいってね。聖女であったときに、ちやほやされていたことが気に入らなかったみたいね」
クロエもクロエだけど。
婚約が決まって聖女を辞したために、ゼ・ムルブ聖国の後ろ盾がなくなった彼女への、ケルパス貴族の仕打ちは酷いものだったらしい。
「その時にあの女が『サミエル様は自分と婚約していたおかげで、おまえみたいな人間に惑わされなくて良かった』そう言ったのよ」
あの女とはヴィクトリアのことだろう。たぶんそんな言い方はしていないと思うけど。
「敬われるはずのわたしが、ただ貴族家に産まれたというだけの、何の力もないやつらに蔑まれるなんて許せなかった。だから決めたのよ。あの女からサミエル王太子を奪おうって。そしてこの国で王妃になれば、わたしを蔑ろにした者たちに鉄槌が下せるもの」
「サミエル王太子殿下のことはどう思っていたんですか」
「別になんとも。奪えるものなら奪ってみなさいと言った、あの女の吠え面が見たかっただけよ」
その言葉にルル様の膝の上で、白い猫がビクンと動いた。それをルル様が背中をなでてなだめる。
「サミエル王太子殿下はクロエさんに好意をよせているようですけど」
「今更貴女にそんなこと言われてもね。男を惚れさせることなんて割と簡単なのよ。しかも今まであまり女とふれあったことがなければ余計にね」
「身体を密着させて、心拍数を早めていた。ってことで合っていますか」
「そうよ。癒しの力の応用で、胸をドキドキさせて身体に熱を持たせれば、たいていの男は恋心だと錯覚するわ。女にも有効で、ほとんどの人間は私に好意的になるわね」
クロエが使った魅了のからくりは、意外と単純なことだった。もっと恐ろしい力なのかと思っていた私は、事実を知ってちょっと安心。
もともと女好きだったゲイルが、それほどクロエに惹かれなかったのも、それでわかった。
「サミエル王太子殿下に近づいたことすべてが、貴女の復讐ってことなのですね」
「ええ、サミエル王太子は操りやすかったから、貴女がやってこなければわたしの計画はうまくいくはずだったのよ。でもね、わたしだって話した通り十分可哀そうでしょ。情状酌量の余地はあると思うんだけど」
「それは、教皇様がお決めになることです。わたくしは聞いた話をお伝えするだけですから」
「そう……」
ルル様の同情を引けないことがわかり、すべてを諦めたのか、クロエはそれ以上口を開かなかった。
ふたりの話し合いが終わると、クロエが修道女たちに連れられて部屋から出ていく。
「ありゃ」
私がルル様の膝の上の猫を見ると、その場でへたり込んで、明らかに元気がなくなっていた。
その猫――ルル様の能力で猫に変身させられていたサミエル王太子は、クロエの本心を聞いてどう思ったんだろう。
ルル様とクロエの話を聞かせるために、サミエル王太子には、一時的に精神を白猫ミミに憑依させる術を掛けている。と説明してある。
本日、サミエル王太子が教会に訪れるというので、私は事前に猫の姿になっていた。
サミエル王太子が教会に訪れた時に、白い猫であった私と入れ替わるように、ルル様が能力を使って猫にしてしまったんだけど、身体はルル様が制限されているみたいで、あまり身動きが取れず、私がしていたように勝手に動き回ることはできないらしい。
それでも、そんな術が使えるとなれば、それはそれでとても異常なことなんだけど『万が一サミエル王太子が他人にそれを話したところで、そんなことを信じる者なんていないと思うの』そうルル様が言ったので、私も深く考えるのはやめておいた。




