08 伯爵家の跡取り息子
「突然お邪魔して申し訳ございません。クロエのことでどうしてもお聞きしたいことがあったものですから」
「クロエのことですか?」
そう言ってため息をついたのはカナン伯爵家のゲイルだ。クロエの婚約者である。
聖女を娶ることが決まった時、国を挙げて祝福されたそうだけど、それが王太子にちょっかいを出されたせいで、今では嘲笑う対象にされているのだ、ため息もでるだろう。
クロエ争奪戦の時に袖にされた貴族家がこぞって悪い噂を流しているらしい。
ちなみに伯爵家であるゲイルがクロエに選ばれた理由は、公爵家や侯爵家の子息の顔が、単純に好みではなかっただけのようだ。
「ゲイル様は今でもクロエのことを想っていらっしゃるのでしょうか」
ルル様には珍しく、直球でゲイルに確認している。
「想っているも何も、僕の好みはもともとクロエとは真逆なんですよ。好きなタイプはちょうどローザさんのような女性ですからね」
そう言ってゲイルは私に視線を向けた。
は? なぜここで私の名前を出す? 自分でスケベを公言しているようなものではないのか。
今日の私は猫ではない。聖女見習いとして修道服姿でルル様と一緒にカナン伯爵家を訪れていたから、最初に挨拶はしたんだけど、そんな目で見られるなら名前を名乗らなければよかった。
「始めから、何とも思っていなかったと?」
「そんなこともありませんよ。タイプではないと言ってもクロエは可愛いですからね。確かに一時はクロエが気になっていたこともありました。ですが、まさかこんなことをされてまで好きでいられるわけないですよ」
やっぱりゲイルもクロエに操られていた時期があったようだ。
「相手が相手だから抗議もできないですし、なんでこんなことになっちゃったのかな――そうだ、代わりにローザさんどうですか? 僕、幸せにしますよ」
「お断りします」
どいつもこいつも。なんで気軽にそんな台詞を吐くんだよ。こんなことばかりだから、私は男性不信になりつつある。
「ゲイル様はクロエが戻ってきたとしても受け入れる気持ちはないということでしょうか」
「これほどの恥をかかされたんだ。するわけないですよ。婚約破棄も正式に手続きを進めていますしね」
「承知いたしました。クロエのことはすでにゼ・ムルブ聖国とは関係がないとは言え、元聖女が起こしたことですので、心からお詫び申し上げます」
ゲイルに向かって、ルル様と一緒に私は頭を下げる。
伯爵家からの帰り道、私はルル様に自分が疑問に思っていることを聞いてみた。
「今回もそうですけど、どの国の男性も聖女の能力が欲しいだけで、聖女の気持ちなんて考えていませんよね。ダンダリアほどひどいところは、今のところ私は知りませんけど、ゲイル様の話を聞いたらクロエさんにちょっと同情しちゃいました。嫁ぐ相手が実は自分のことを好きではなかったと知ったら気持ちが冷めちゃうのもしかたないですよね。なんでゼ・ムルブ聖国はこんなこと各国に許しているんでしょうか」
「それには政治的な背景が大きいわ。王侯貴族がこぞって口説きにかかるほど、聖女は特別な存在なんだと、聖女の癒しがまだ必要のない若年世代に、思い込ませる目的があったりするのよ。選択権は聖女の方にあるのだから、どちらの格が上かを知らしめることもできると言われているわね」
「たしかに教皇様はダンダリア王国にも強気の対応をしていましたもんね」
「この件に関して、ローザはあまり良く思っていないみたいだけど、実際に幸せになっている聖女も多いのは事実よ。場合によってはどっちもどっちなこともあるし。だから、結婚したいと申し出た聖女たちは、教皇様からもう一度相手をよく見て考えなさいと言われるわ。こればかりは本人の見る目次第なのよ。だからローザも自分の目を磨いておきなさいね」
そう言われても、ダンダリアにケルパスと、酷いところが続いているから、わたしにそんな気は起きそうもない。
「私はずっとルル様のおそばにいますし、ゼ・ムルブ聖国に仕え続けます」
「そう? それは貴女が決めることだから好きにするといいと思うわ」
色恋沙汰より、私はルル様のお役にたてるよう、聖女を目指して頑張るつもりだ。




