06 サミエル王太子とクロエ
「万が一、ゼ・ムルブ聖国の聖女が何か言ってきても、わたしはもう関係ありませんから、気にしないでくださいね」
「ああ、連れ戻させたりはしないから、クロエは心配しなくても大丈夫だ。私はクロエと離れるつもりは絶対にない」
「嬉しい。わたしもよサミエル様」
そう言ってクロエはサミエル王太子の胸にそのまましな垂れかかる。
「クロエに言われた通り、ライリー公爵にヴィクトリアとは婚約解消すると伝えた。クロエもゲイルとの婚約解消ができれば、私たちに障害はなくなる」
「ゲイル様とのことは大丈夫よ。たぶんわたしの幸せを願ってくれるはずだから」
私はサミエル王太子の座っているソファーの脇に置かれたキャリーバッグに入っていた。そんなことはお構いなしにイチャイチャし始める二人。
これ以上何かあった場合、目にするのも嫌なので、私はキャリーバッグから飛び出し、サミエル王太子に抗議することにした。
「フーッ」
「ああ、すまんすまん、クロエに嫉妬でもしたのか?」
するわけないだろ!
「なんですか、この猫は!?」
突然目の前に現れた私にクロエが驚く。
「聖女様からお借りしたミミだ。とても綺麗だろう。それに会話もできるほど賢いぞ」
「聖女の猫……」
クロエの目つきが一瞬険しくなったのを私は見逃さなかった。
サミエル王太子とクロエの件、始めはどちらから声を掛けたのかはわからないけど、サミエル王太子がクロエに夢中なのは間違いない。
そして、今はまだ伯爵子息の婚約者であると言うのに、クロエもサミエル王太子にベタベタしているところを見ると、クロエが何かを企んでヴィクトリアの悪口をサミエル王太子に吹き込んだのも本当だと思う。
婚約解消の件も話に聞いていた通りだ。
でも考えてみたら、なんでこんなことにルル様は首をつっこんでいるのだろう?
女癖の悪い王太子でも、普段がきちんとしていれば、当事者以外はどうでもよくないか? 私には『神の裁き』が必要なほどの話でもないような気がするんだけど。
そこはやっぱり、渦中に元聖女のクロエがいるからなんだろうか。
本当になんてことをしてくれたんだこの女は。
「状況が悪いせいで、わたしたちのことを反対している人たちもいるわ。きっと聖女はいずれわたしの元へサミエル様を諦めるように言ってくるはずよ。だからサミエル様、聖女に貴方の気持ちを伝えてくれないかしら。私たちの純愛を貫くために聖女を味方につけた方がいいと思うの」
これが純愛ねえ。わたしにはまだ、恋とか愛とかはよくわからないんでなんとも言えないけど。
あれ、と言うことはクロエはまだルル様と会っていないんだ。
私をサミエル王太子に預けたあと、ルル様はクロエのところにはいかなかったのだろうか。訪ねていったのにクロエが拒否して会えなかったのかもしれないけど。
「それなら今日、聖女様はミミを迎えにやってくるからクロエと話をする機会をもうけよう」
クロエはルル様と全面対決するつもりなのだろうか。それも味方につけることができると思っているようだ。
元とはいえ、ゼ・ムルブ聖国に仕えていた聖女同士、他の人にはわからない何かがあるのかもしれないけど、人の婚約者を奪略するような人間をルル様がお許しになるとは思えない。
だからと言って、これで二人が別れないと言った場合でも『神罰』を与えるほどのことでもないような気がするし。
そんなこと私が考えてもしかたないか。
すべてはルル様がお決めになること。私は今日見聞きした情報を間違いなくルル様に教えて見守るだけだ。
今回は私が思っていた聖女の仕事とはかなり違う方向に進んでいるけど、普通ではないルル様のおそばにいると言うことは、私自身も普通ではいられないのかもしれない。
実際、まさか自分が猫になるとは夢にも思っていなかった。