03 王太子の婚約者
「この度は、聖女様にわざわざ我が家までご足労いただき誠にありがとうございます」
「わたしくは身体だけではなくて、心の傷も治せればと常日頃から思っておりますの。少しでもお力になれることがあればいいのですが」
「最も神に近い存在だと言われる聖女様にそんなお言葉をいただけるなんて。これ以上頼もしいことはありませんよ。なあ、ヴィクトリア」
ルル様と会話をしているのは、穏やかな雰囲気の男性。この屋敷の主であるライリー公爵だ。
そのとなりに座っている線の細い令嬢はその娘のヴィクトリア。父親の言葉に小さな声で「ええ」とだけつぶやいた。
公爵令嬢と言えばアマンダを思い出してしまうけど、この家のヴィクトリアはアマンダとは正反対で見た目も性格もおとなしそうだ。
このライリー公爵が『神の裁き』を依頼をしてきた張本人。
詳しい話を聞くために、私はルル様と一緒に公爵家へとやって来ていた。
ヴィクトリアはケルパス王国のサミエル王太子の婚約者だそうだ。
そう言っても政略上で子供の頃に決められたものだから、お互い割り切った関係だったらしい。それでもヴィクトリアの方はサミエル王太子に好意を抱いていて、それなりに仲は良かったようだ。
ところが、そこに横やりを入れたのが例の元聖女だと言う。
クロエと言うその元聖女は、ケルパス王国を訪れた際に伯爵家の跡取り息子ゲイルと恋仲になり、聖女を辞して伯爵家へ嫁ぐことが決まっていたそうだ。
花嫁修業中、ゲイルと何度か夜会に出ているうちに、いつの間にかサミエル王太子と知り合いになっていたらしい。
それだけなら別に問題はなかったんだけど、なんとそのクロエにサミエル王太子が本気になってしまったからさあ大変。
「サミエル王太子殿下からヴィクトリアと婚約破棄したいと突然連絡がありました。一方的に突き付けられたので、こちらとしても到底納得がいくものではありません。その上、なぜかヴィクトリアの方に原因があるとおっしゃるのです」
「その原因をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「はい。なんでもクロエ嬢に酷い言葉を掛けたとか、人のいないところで虐げたとか、そんな内容でしたな」
「私、そんなことはしておりませんわ。ですがサミエル様には信じてもらえないのです」
今にも泣き出しそうなヴィクトリア。
「それはクロエが証言したことなのでしょうか? それとクロエ自身はサミエル王太子殿下をどう思っているのかご存知ですか」
「サミエル様はクロエさんから聞いたと言っておりました。クロエさんも伯爵家に婚約を破棄したいと申し出たそうなので、クロエさんも本気だと思いますわよ」
「そうですか。とりあえずわたくしがサミエル王太子殿下とお話してみます。申し訳ございませんが仲介を頼めますでしょうか?」
「それが、私は最近サミエル様に避けられていて、自分自身もなかなかお会いすることができないんです」
「でしたら、わたしくがとても珍しい猫を飼っていると手紙か何かで伝えてもらえませんか。本当にこの子は信じられないほど可愛くて」
「にゃあ!」
「そしてとてもお利口ですのよ」
「にゃあ~」
ルル様はご自分の膝の上に座っている、私の背をなでながら公爵親子にそう言った。
「猫が聖女様の言葉に返事をしておりますな」
「本当ですわ。聖女様はその猫を私たちに見せるために連れていたのですね。確かにサミエル様は大の猫好きですから、きっと聖女様のところへ伺うと思いますわよ」
「そうだと有り難いのですけど」
「サミエル様が興味を持つように、私が頑張って手紙を書きますわ」
「ヴィクトリア様にはお手数をお掛けしますが、よろしくお願いします」
「いいえ、こちらが無理を言って来ていただいたのですもの」
今回の件、ルル様が調査をしていること、それをクロエに感づかれる前に、まずはサミエル王太子の人格確認をしたいらしい。
ルル様は猫の私を抱いたまま、公爵家をあとにした。