02 今回のお仕事
「それで、なぜ猫がでてくるんですか」
「サミエル王太子殿下が猫を好きだからなの」
「それはさっきも聞きました。王太子が猫好きなことと、元聖女とは何の関係が?」
「それはね、王太子殿下に私たちが近づけないからなの。ダンダリア王国の時のように婚約者がいない王族なら、接待としてあちらからやって来てくれるけど、今回はそうもいかないのよ」
聖女の力を欲する各国は、年頃の子息を使って聖女を誘惑する。ゼ・ムルブ聖国では聖女の婚姻を認めているので、派遣先でそういった相手が見つかった場合、その国に残ることができるのだ。
まあ、それなりの見返りは必要だけど。
場合によっては、その中に王太子が含まれていることもある。だけど、ケルパス王国の王太子にはすでに婚約者がいるので、ルル様を堕とすと言う目的では近づいてこないそうだ。
ダンダリア王国のエラン王太子のように毎日向こうからやってこられても鬱陶しくて嫌だけど。
「今回、教皇様からサミエル王太子殿下がどんな人物か周りも含めて観察してきなさいって言われてしまったの。猫だったら近づけると思ったのよ」
「それは密偵ということでしょうか?」
「そういうことになるのかしら」
うわっ、また知らなければいいことを知ってしまった。今後は動物であってもその目を警戒してしまいそう。
部屋の中にいるのが、たとえペットだけだっとしても気軽に着替えもできなくなってしまうではないか。
「あ、でもルル様は無闇にそんな改造なんてしないですよね」
「ええ、意味がなければね」
うふふ、と笑うルル様。いや、だからその笑顔をどうとったらいいものか、最近わからないんですよ私。
「それで――私が猫になって調べろと?」
「サミエル王太子殿下の本心を知るために、本当はわたくしが直接行きたいのだけれど、わたくしは元聖女から話を聞かなければいけないし、こんなことで、それほどこの国に時間を掛けてもいられないのよ」
「そうですね。私たちの仕事は人を癒すことですもんね」
聖女の中の聖女。そう呼ばれる優しいルル様は、傷ついた人々を助けることに身を捧げている。
それは貴族も平民も関係ない。誰に対しても平等に力を注ぐルル様は世界中から称賛されていて、ゼ・ムルブ聖国が総本山である聖教会の信徒は順調に増え続けている。
だから今回のように聖女の職分から外れるような依頼は、早く終わらせたいのだろう。
私にできることがあるのなら、別々に行動した方が効率はいい。本当ならルル様ご自身の目で確かめたいと思っているんだろうけど、それを私に任せてくれるということは、信頼の証でもあると思う。
「わかりました。私が猫になって王太子を探りますよ。そのかわり絶対元に戻してくださいね」
「ええ、それはもちろんだけど。ローザ、本当にお願いしても大丈夫なの? 頼んでいるわたくしがこんなことを言うのもどうかと思うけど、貴女に無理はさせたくないと思っているのも本心なのよ」
私が拒否をしたら、間違いなくルル様は別の方法を考えたはずだ。ルル様は本当にお優しい方だから。
「大丈夫です。私がルル様のお力になれるのであれば頑張ってみます」
それに罰でなくお役目としてなら、ちょっと好奇心がくすぐられる提案だ。
ルル様には絶対言えないけど、たしかに猫になってみたいと思ったことはある。たぶん誰でも一度はあるんじゃないの?
あるよね?