01 ルル様の力
「ローザ、あなたは猫になりたいと思ったことはない?」
「猫ですか? えっと…………そんなことは考えたこともありませんけど?」
ゼ・ムルブ聖国で聖女見習いをしている私ローザに、稀代の聖女と呼ばれているルル様が、ケルパス王国へ向かっている馬車の中で脈絡もなく話しかけてきた。
「ケルパス王国のサミエル王太子殿下は猫が好きなんですって」
そう言いながらルル様は空のキャリーバッグに視線を向ける。
猫になりたいとか、王太子が猫好きだとか、私にはルル様が何を言っているのかわからない。
わかっていることは、このままでは私は身の破滅だということだ。私は知らないうちに罰を与えられるようなことを犯してしまったのだろうか。
「ちょ、ちょっと待ってください。私、何かミスしちゃいましたか? そうだったら謝ります。お願いですから許してください」
私は急いで座っていた座席から床に場所を移し、土下座するために正座をする。
「まさか、ローザはよくやっているもの。謝ることなんて何ひとつないわよ。そんなところに座ってないで、ほら」
ルル様が私に手を差し伸べて立ち上がらせてくれた。
「だったらなんでですかぁ。私、猫になんてなりたくありません」
ルル様のとなりに座りなおした私の口からは情けない声が出る。
それもそのはず、聖女のルル様には人の身体を改造できる力があって、ルル様の手にかかれば本当に私の姿を猫へと変えることが可能だからだ。
それになぜか荷物の中に混ざっている小さなキャリーバッグは、どう見てもペット用。私はあれに入れられてケルパスの王太子に贈られてしまうかもしれない?
ルル様をそれほどまで怒らせるような何かを、私はいつの間にしたんだろう。そう考えるととても怖くなった。
「ローザは自由気ままな猫を見ていて羨ましくなる時はない?」
「それは……」
ここで『ある』と答えては絶対だめだ。
以前、ルル様は犬になりたいと言った男の言葉で、本当に犬耳と尻尾をご自分の能力を使って生やしてしまったことがある。だから、下手な返事をするとやばい。
「そんなに怯えないで。わたくし、ローザが嫌がることをするつもりはないのよ」
「本当ですか?」
「もちろんよ。ローザには嫌われたくないもの」
「それではなぜ猫の話を始めたんですか?」
それは今回の派遣先、ケルパス王国からの依頼内容がいつもと違うかららしい。
この世界で、聖女はなぜかゼ・ムルブ聖国にしか産まれない。その聖女たちは神の力で人を癒すことができる。それは病気や怪我、身体の不調を治療する『聖女の癒し』という力だ。普通は人間の治癒能力を促進させて治すもので、見習い聖女の私でも炎症を鎮めるくらいは可能である。
ところが今回は普段行っている『聖女の癒し』が目的ではないらしい。それとは別に明確な依頼があったそうだ。
「また、おバカな王太子の相手ですか?」
「ローザ、そんなことを言ってはだめよ」
「はーい。わかってますよー」
私は大司教様から『神の裁きを試すための依頼が来ることもある』と聞いたことがあった。『神の裁き』それは、欠損部分も治療ができるルル様だけが使える力のことで、犬になりたいと言った阿呆もそうだけど、一年前、鼻が伸びたダンダリア王国の王太子は神罰がくだったことになっている。
あの時はあまりにも酷い態度の王太子や貴族子息に、ルル様が独断で祝福と言う罰を与えたものだけど、今回はケルパス王国の公爵家から直々に依頼がきたそうだ。
お忙しいルル様がこの依頼を受けた理由。それはケルパス王国の伯爵家へと嫁ぐことが決まっていた元聖女のせいだという。
この元聖女、なぜかケルパスの王太子ともあらぬ仲になっていた。
彼女ががとんでもないことを仕出かしたせいで、ルル様がしりぬぐいをする羽目になったらしい。