18 そしていつもの日々
「ルル様の能力ってすごいですよね」
「ルルだけは特殊だからね。実のところ聖女の癒しとは別物なんだよ」
「目標にしていたから、自分がルル様と同じような聖女になれないのは残念です」
「それは仕方あるまい」
私は礼拝堂の祭壇の前で、大司教様と二人きりで話をしていた。
ゼ・ムルブ聖国においてアマンダたちの身体の変化はルル様とは関係ないことになっている。状況的にどんなに怪しくても証拠がなければ、ダンダリア王国の者も追及することはできない。
逆にゼ・ムルブ聖国の方が聖女を蔑ろにしたと批判しているくらいだから。
この件で、あまり騒ぎ立てるとダンダリア王家への風当たりがいっそう強くなるだろう。
そう言った理由で、隠し続けている彼らの身体の話を我々が知っていると不自然。なので緘口令が敷かれた。と言ってもルル様と私にだけど。
「ルル本人は自分が何を言われても構わないって思っているようだけど、他の聖女がダンダリア王国へ派遣された時に何かをされたら困るだろう」
「そうですね」
「だから、二度とそんな気が起きないようにしたんだと思うよ。それにあまりにも不誠実で不甲斐ない者たちが次世代で国を動かすのは周りの国にも迷惑だからね。まあ、そのほとんどがルルの独断で、我々が聞いても彼女は祝福したとしか言わないけどね」
「それって、ルル様はエラン王太子の性格とか始めから知っていたってことなんですか?」
「いいや、そういう時もあるって話だ。時には神罰がくだるほど愚かなのか、神の裁きを試したい者がいると、国の重鎮から依頼が来ることもあるしね」
「裏社会が怖すぎます」
「感情で動く輩はとんでもないことを起こす可能性があるからね。すべては世界平和のためなんだよ」
「そんな理由もあるんですね」
あれから一年後、結局ルル様は王太子たちを元の姿に戻した。
目の前には現れないと言ったけど、近づかないとは言っていない。
対象者に目隠しと、人によっては拘束までした上で、ルル様は背後から治療を施したのだ。
ルル様の場合、指先ひとつで完了だから、実はたいしたことはしていないはずだけど、ゼ・ムルブ聖国は法外な報酬をふっかけたらしい。
そしてそれは両国で秘密裏に行われた。
「ダンダリアの方たちに、私の贈り物は喜んでもらえなかったようなの。教皇様にも治療するように言われてしまったから仕方ないわね」
「そうですか」
「そうそう、久しぶりにお会いしたエラン王太子は、物静かな性格になっていたわよ」
「あの王太子がですか?」
エラン王太子は誰からも相手にされなくなったことで、傲慢さがなくなったようだ。
伸びた鼻を、文字通りルル様に折られるより前に、心がポッキリ折れてしまったのではないだろうか。
「私、エラン王太子には感謝もしていたのだけど」
「あんなにひどいことをされたのにですか?」
「ローザは夜会のドレスに憤っていたけど、わたくしに用意されていたあのドレスは、とても高価な銀糸で紡がれたものだったのよ。あのデザインだってわたくしの身体が小さいから、布地をふんだんに使うためにああなってしまったようなの。ローザのドレスもダンダリア王国では最新で最高級のものだったそうよ」
「そうだったんですか」
「そんな気づかいもできる方だから、目隠しをされながらも、私に手をあげたことを、真摯に謝罪してくださったの。それも涙を流しながらね。だから、そのまま鼻高々でいらっしゃってもよかったと思うのだけど……」
ルル様から遠回しに鼻を治療しないなんて言われたら、そりゃ涙も出るわな。
「それから、リコード様のところにも行ったのだけど、リコード様はあれから部屋に籠って勉強ばかりしていたみたいなの。私が到着したことを告げられると悲鳴をあげて隠れてしまわれたわ。せっかく学んだ知識をなくしたくなかったんじゃないかしらね。本当は治されたくなかったのだと思うわ」
籠っていたのは、誰にもその姿を見られたくなくて。勉強は自分の頭を治す方法を調べていたんだと思う。そんな姿にしたルル様を恐れて逃げるのは当たり前だ。
それにしても、ルル様はあくまでも良いことをしたと言う体なのですね?
わかりました。私はルル様に合わせますよ。
「あとは、騎士様。今まで王太子様の乳兄弟だからと優遇されていたので、一兵卒からやり直しするそうよ。あまりお強くはなれなかったみたいだから、腕が四本では足りなかったのかもしれないわ。私、怒られてしまったもの」
筋肉馬鹿だから、王太子たちのように精神を病むことはなかったようだ。
「いえ、ああいう人間は腕が何本あろうと変わらないと思います」
「そう?」
「口ばかりで、努力してる姿を見ませんでしたからね。何本増やしたとしても、ルル様のお気持ちは伝わらないのでは?」
「それなら仕方ないわね」
今後は騎士団で叩き直してくれるだろう。
「そう言えば、ローザを付け回していた伯爵家の子息だけは大騒ぎされて大変だったわ……」
「何があったんですか?」
「犬の耳と尻尾がついていたのだけれど、彼にそのままでいいって言われたのよ」
「なんと!?」
「もともと童顔で可愛らしいお姿だったでしょ。それに獣の耳が生えたことで一部のご令嬢から人気があるんですって。女性に近づく口実に使われていたみたい」
ルル様の思惑とは違って? 喜ばせる結果になってしまったのか。『僕の耳と尻尾、見て、さわって―』そう言いながら女の子たちにすり寄っている姿が目に浮かぶ。
「治したら本当に残念がっていたわ」
ルル様がため息をついた。
ルル様でも失敗することがあるんだ。
犬耳が生えた状態でも構わず外に出ていたので、憂いた親族たちが縛り上げて強制的に治療したらしい。
「そして、アマンダ様。彼女は公爵家を継ぐことを諦めたようなの。だからすぐに嫁がせるようだわ」
「少しはしおらしくなったんですかね」
「私がお会いした時は、以前と変わらずとてもお元気だったわよ。あのままだったら、本当にご自分が公爵家を継ぐつもりでいたみたい」
男性化していたといっても、それは一部分だ。果たして実際にそんなこと、できたんだろうか?
意味がわからないくらい自分本位なアマンダの性格は、結局治らなかったらしい。
「とりあえずジャック様も一安心ですね」
これで教会も静かになるだろう。
「ふと、思ったんですけど、ルル様の能力ってどんな姿にでもなれるってことですよね。美女でもその反対でも、男でも女でも、場合によっては動物にも?」
「うふふ」
私の言葉を聞いたルル様は、楽しそうに微笑んだ。
え? 今の反応って何? もしかしなくてもルル様の今の姿って本当の姿ではないの?
考えてみれば、身体を新品に出来るってことは不老不死も可能だってこと?
それはルル様自身だけではなく、誰にでもそうすることができるってことじゃないの?
私はそんな疑問を胸の奥にそっと押し込んだ。世の中には知らない方がいいこともある……。
風の噂でダンダリア王国のエラン王太子の話が聞こえてきた。心を入れ替えた王太子は国を良くするために精力的に動いているらしい。
これでもし、変わっていなかったとしたら、ルル様にあんなことをした王太子をゼ・ムルブ聖教の信徒が許すはずもなく、国民を煽って支持されないように仕向ける予定だったようだ。
まともな者を王にするため、エラン王太子はたぶん廃嫡されていただろう。
ルル様の能力が平和につながると言うのは本当だったようだ。それが間接的であったとしても。
「ローザ、今度の派遣先はケルパスに決まったわよ」
「はーい。私はどこにでもお供しますよー」
これからも毎日、優しいルル様は皆さんの治療に励むだろう。私はその傍らで聖女見習いとして修業の日々が続いていく。
世界平和のために、世直しを続けるルル様の姿をとなりで見ながら。
「うちの聖女様は怒らせたらマジでヤバイ それでも壮絶ざまぁは世界平和に役立つらしい」完結しました。
読者の皆様、つたない文章にここまでお付きあいくださいまして、ありがとうございます。
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すべての皆様に神のご加護がありますように。