13 最悪の夜
まさかの、その行動に周りで見ていた者たちが目を見開き、
『本命はモールスだったのか?』
『エラン王太子殿下たちをふったばかりだぞ?』
『聖女が残るなら誰でもいいんだろ』そんな言葉が飛び交う。
「ローザも同じですから。あなたも諦めて、付け回すのはおやめくださいね」
みんなが見守るなか、ルル様の口から出た言葉は意外なものだった。
「なんだよ、ちび。いたたたたたた」
「あまり目に余ることをなさいますと、どうなるかわかりませんよ」
私、ストーカーされていたの?
確かに行く先々で偶然出会うことがあった。あとで教えてもらったけど、宿の向かい側の建物を借りて覗きもしていたらしい。
怖っ。
「あの、アマンダ様……」
さきほどニクソンとモールスが痛がる光景を見ていた子息令嬢たちが、恐怖からか口を閉ざしたので、ホールは静かになっていた。
ルル様が真ん前で騒動を見ていたアマンダに声をかける。それは小さな声だったけど、静寂のなか、私のところまで聞こえてきた。
「何よ」
今度はアマンダの手を取ろうとしたルル様だったが、すぐに振り払われる。それどころかアマンダに突き飛ばされた。
「ルル様!」
もういいだろう。もう十分だ。
これ以上ルル様が傷つけられるのを見たくなくて、私はルル様に近づき手を貸して立ち上がらせた。
私の気持ちが伝わったのか、ルル様はもう拒むことはしなかった。
「わたくしたちお友達ではないのですか?」
「何バカなこと言っているのよ。エラン様たちに無礼を働いた貴女が友達なわけないでしょう。貴女がゼ・ムルブに帰るんだったら、もうお肌の手入れもできなくなるし、この際言っておくけど、小汚い貴女なんか、癒しの力がなければ誰が相手をするもんですか」
「姉上、なんてこと言うんだよ」
「いいのですジャック様。わたくしの独りよがりだったのですわね」
ルル様は寂しそうに下を向いた。
「ルル様もう帰りましょう」
私は、くしゃくしゃになってしまったルル様のスカートを直す。
腰のリボンも潰れてしまったので、うしろで形を整えていて、その時ルル様に近づいてきたエラン王太子が、手を振りあげたことに気づくことができなかった。
パアーン
静まり返ったホールに響いたのは、ルル様が頬を叩かれた音だ。
「貴様ぁ、すぐに私の前から立ち去れ、二度とその顔を見せるな。いままでの仕打ちと、パーティーを台無しにした今日のことは、正式にゼ・ムルブ聖国に抗議するからな。覚えておけよ」
暴力をふるっておいて何て言い草。どう考えたってそっちが加害者でルル様は被害者だ。
「承知いたしました。以後わたくしは二度と皆様の目の前には現れません。神に誓ってお約束いたします。皆様に神のご加護がありますように。ローザ行きますわよ」
「ルル様、このような者たちのために祈らなくても……」
「いいのよ、さあ早く」
そう言ってルル様は叩かれて赤くなった頬を気にすることもなく、私の腕を掴むと足早で王宮から飛び出し、用意していた馬車へと乗り込んだ。
そしてそのまま、ゼ・ムルブ聖国の国境にむけて、最短の道のりをどこへも寄らずに全力で進ませたのである。
「ごめんなさいね、ローザ。本当だったら各地の教会に寄るつもりだったのに。でも最悪な事態になってしまったから」
「ダンダリア王国の貴族はひどすぎます。自分の思い通りにならないからって、子供のように怒りをぶつけてくるなんて、二度とこの国には足を踏み入れる必要はございません。私も絶対に来ませんから」
「そうね。その方がいいと思うわ」
「それよりルル様、お顔は大丈夫ですか」
「ええ、ほら」
私の方に向けたルル様の左頬はもう元通りになっていた。いつの間にかご自分で治されていたようだ。
さすがは癒しの聖女様。