12 暴言
「聖女よ、私がこれほどお願いしてもわが国に残る気はないというのか」
ホールにエラン王太子の怒声が響く。周りには野次馬なのか、人だかりができていた。
「わたくし、ゼ・ムルブ聖国以外にお仕えするつもりはございません」
ルル様はいつもよりはっきりした口調で、エラン王太子にご自分の気持ちを明確に告げた。
「なんだと」
ルル様の返事にエラン王太子の声がまた一段と低くなる。
「私が毎日、わざわざおまえのところへ足を運んだのはなぜだと思っている。聖女という肩書を取ったら地味で貧相で何も残らないような、おまえのところにだ。それに応える義務があるだろうが」
怒りに震えるエラン王太子が、ルル様の肩に両手かけて大きく揺さぶる。
「それは皆様が勝手に押しかけていらっしゃっただけだと記憶しておりますわ」
「ふざけるな」
頭ふたつ分の身長差がある二人の姿は、エラン王太子がルル様を押さえつけているように見える。
それを見ていたリコードがエラン王太子に声をかけた。
「エラン王太子殿下、ここは私にお任せください」
ルル様からエラン王太子を引きはがし、ルル様と同じ目線になるように腰を曲げてルル様の顔を覗き込んだリコード。
「聖女様は私のためにダンダリアで暮らしていただけますよね。私には聖女様のお気持ちは伝わっておりますよ」
そう言いながらルル様の顎をくいっと指で持ち上げた。
「何度でも言いますが、わたくし、ゼ・ムルブ聖国以外に住むつもりはございませんの」
その状態のまま淡々と言葉を連ねるルル様。
「なんですと。あなたが心を偽るということは、私に恥をかかせるということなんですよ。わかってますか」
「そんなつもりはございませんが、わたくしリコード様のことは何とも想っておりません」
「何だと? こんなガキのような女に私が振られた――だと?」
リコードはふらふらと数歩下がって、横にあったテーブルに両手をついてブツブツ独り言を言い始めた。ほとんどがルル様に対する暴言だ。
「おい、そこのちんちくりんな聖女。我が国のトップであらせられる方々に何をしている」
ニクソンがルル様の腕を力任せにつかみ上げる。身長差があるため、ルル様は吊り上げられそうだ。
「ルル様!」
飛び出しそうになった私にルル様がきつい視線を送ってきた。
それでルル様の言葉を思い出す。隣でジャックも動こうとしていたので。ルル様との約束を守るため、その腕を掴んだ。
「ローザさん?」
首を横に振り、そしてこの辛い光景から目を背けた。
「イダーッ」
悲鳴を上げたのはルル様ではなくニクソンだ。
突然ニクソンがルル様の腕を放して、その場にうずくまりヒィヒィ言いながら自分の腕をさすり始めた。きっとルル様が何かしたんだと思う。
自由になったルル様はこちらへ歩いてくる。
しかし、なぜか私を通り過ぎて、モールスのそばに近づきその手を取った。