表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/116

05 目標は清らかな聖女です

 ディディアン様を馬車に乗せ、私たちは聖教会の本拠地に向かった。

 シブナ爺ちゃんは別の馬車でとりあえずイヴの務めている治療院に送るそうだ。

 かなり衰弱していたから、そこで療養させて侯爵家に帰す予定だという。


 ディディアン様とシブナ爺ちゃんのことは、ルル様も正直困っているみたいで、教皇様の判断を仰ぐことにしたらしい。

 もし、二人が一緒にいることを許されたとしても、侯爵家の意向もあるだろうし、根回しは大変そうだ。


 それにしても、ディディアン様は本気でシブナ爺ちゃんをやるつもりだったんだろうか。


 恋しいシブナ爺ちゃんを失った上に、罪人にもなってしまっては、お先真っ暗。


 シブナ爺ちゃんのためとはいえ、私にはそこまでする気持ちがわからない。不思議に思いながらディディアン様を見ると、ディディアン様も私の方を見ていた。


「何か言いたいことがあるようね」

「いえ、私は別に」

「あなたは馬鹿馬鹿しいと思っているんじゃなくって」

「そんなことは思っていません。ただ……」

「ただ? なによ」

「ルル様に邪魔をされなくても、聖女のディディアン様が人の命を奪うことはできなかったんじゃないか。そう思っていただけです」


 聖教会を出てから、チャンスはいくらでもあったし、シブナ爺ちゃんは余命宣告をされていたから、死期が早まったとしてもおかしくはない。それが聖女による殺人だなんて誰も思わないから、その罪は誰にもばれなかったはず。

 手を下せなかったのは、やっぱりディディアン様の心の問題だったんじゃないだろうか。


 苦しみからシブナ爺ちゃんを解放するためとはいえ、葛藤がないわけはない。


 実行したとしても、しなかったとしても、愛が深いからなのかな。


「ほとんどの聖女が、聖女という役を演じているの。本質はどこにでもいる普通の人間だわ。煩悩がないわけないじゃないのよ」

「役ですか?」

「そうよ」


 ディディアン様の呟きは、わかるけど……わかりたくない気もする。


「あなたは聖女を志しているのでしょ?」

「はい」

「だったら、わたくしみたいにならないよう、十分気を付けた方がいいわ」


 ディディアン様のようにって、誰かに執着して、人生を棒にふるってこと?

 だったら、ないない。


「ちやほやされるのなんて、若いうちだけなのだから、高飛車な態度をとっていると、いずれ誰にも相手にされなくなるわよ」

「はい?」


 そんなことしてないけど?


「同類のわたくしにはわかるのよ。その真っ黒な腹の内は、誰にも悟られないように隠し通す技術を磨いた方がいいわ」

「ええ?」

「表にさえ出さなければ、驕っていても大丈夫よ。見習い中に聖女という役を演じられるように特訓しておくといいわ」

「私は磨くなら内面を磨いて謙虚になろうかと思っているんですが」

「そんなことは絶対に無理よ!」

「絶対って、そんな……」


 断言されるほど、私何かしたか?


「清らかな人間っていうのはね、ずっと清らかなままなの。だから、その年齢にもなって侯爵家の人間をシブナ爺ちゃんなんて呼ぶような失礼なあなたは、頑張るって言っても努力が無駄になるだけだわ。だいたい、穢れのない聖女なんてほとんどいないのだから」


 どうやらシブナ爺ちゃんにその呼び方を許されたのが、気に入らなかったみたいだ。


 それと、なぜかわからないけど、ディディアン様から、若い頃の自分を見ているようだとダメ出しもされた。


 ディディアン様にはそんな風に見えるのか?

 まさか、心の中が読めるとか?

 でも、今日はそれほど暴言は吐いていないと思うんだけど。


 私はルル様に視線を向ける。


 目が合うと、いつものように優しい微笑みを返してくれた。


 うん。

 ちゃんとここに目指すべき聖女は存在している。

 ディディアン様の言葉を真に受けず、私は目標に向かって頑張ろう。



 聖教会に到着するとディディアン様はどこかに連れていかれた。

 一度裏切り行為を働いているから、信頼をされていないのも仕方ない。再び姿を消す可能性がないわかじゃないから、教皇様の裁決を待つ間は鍵の掛かる部屋に収容されるそうだ。


 それから一日も待たずに、ルル様は教皇様から呼び出され、ディディアン様の件についての話し合いの場がもたれた。


 すごく気になっていたけど、私が参加を許されるわけもない。だから、ルル様が部屋に戻ってくるまで、首を長くしながら待っていた。


「こんなに遅くまで待っていてくれたのね」


 ルル様は深夜になってから帰ってきた。

 心配よりも好奇心が勝っている私は、自嘲の笑みが出てしまう。


 さて、今回の一件はいったいどんな沙汰が下ったのやら。


「ディディアン様は罰としてあの治療院で働きながらシブナ様の面倒をみることが決まったわ」


 それでは全然罰になってないような……。


「もっと厳しい処分が下されるかと思っていました。あんなことを起こしておいて懲戒免職ではなく引退の扱いなのは、いつもより甘い気がします」

「ディディアン様はあの年齢まで精力的に活動していたのよ。だから、その功績によるお目こぼしもあったの。それに、もともと今回の不祥事は公にするつもりがなかったようだわ」

「ディディアン様の引退はずっと囁かれていましたし、いきなり辞めさせてもその辺は問題ないってことでしょうか?」

「そうね。今回は、癒しの能力が消えたから引退することになったと公表するみたいなの。本人が望んでいるとはいえ、その状態で診療所の一職員として働かなければならないのは、罰の一環よ。今まで十席として人よりも良い暮らしをしていた老人が、診療所で寝泊りすることになるのだもの。馴れるまでは大変だと思うわ」

「そうかもしれませんね」


 今回は教皇様だけでなく、ルル様も甘いと思った。だけどディディアン様の気持ちを知っていながら何もしなかった自分も悪かったんだと反省されていたので、厳しくできなかったのかもしれない。


「五十年前に、わたくしが毛根の治療をしてあげればよかったんだわ。そうしたら、こんなに遠回りをしなくてもよかったんだもの」


 二人の橋渡しをしなかったことじゃなくて、シブナ爺ちゃん髪の毛のことだったけど……。

いや、それよりもさらっと五十年前って言っちゃってますよ、ルル様?


「それにしても、ディディアン様の捨て身の演技にはわたくしも騙されてしまったわ」

「捨て身の演技ってなんですか?」

「わたくしの目の前でシブナ様にあんなことをすれば、最大限の能力を駆使して、わたくしが癒すと思っていたみたいなの」


 聖女による殺人未遂の被害者を、ルル様がそのままにするはずがない。それはそうだ。

 死なせないように、あらゆる手段を講じるだろうと、癒し手の頂点であるルル様の能力に最後の望みを託したらしい。


「シブナ爺ちゃんは実際どのくらい元気になったんですか」

「それは神のみぞ知るのではないかしら」

「そうですか」


 たぶん病気は完治させちゃったんだろうな。


「いたずらに騒ぎを起こしたせいで、ディディアン様にも神罰が当たってしまったわね」

「え? 何かあったんですか?」

「これで当分シブナ様のお命は手に入れられなくなったんだもの」

「なるほど」


 いつものように『うふふ』と笑うルル様は、ルル様なりの解釈で今日も誰かを救っている。


 シブナ爺ちゃんの死に至る病は、ルル様があの時うっかり? 治してしまったから、リハビリを頑張って体力さえつけばまた元気に暮らせるらしい。

 表向きはディディアン様の献身のお陰だということにするみたい。


 ディディアン様は、聖女の力がなくなったとはいえ、人の病気や体には詳しいので、診療所で十分戦力になる。これからは医者として頑張るんだって。


 五十年以上拗らしたおばあちゃんとおじいちゃんの恋は、かなり遅咲きだけど、これから花開くようだ。

 それはディディアン様のツンデレ次第ではあるんだけどね。





拗らせた恋の行方。完結しました。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ