番外編 女子トーク
聖教会に仕える、助祭や助祭見習いである少女たちは、仕事が終わると食堂で話に花を咲かせていることが多い。
職場がバラバラだったりするので、内容はたいがいが情報交換だ。日によっては、愚痴や上司の悪口の時もある。
聖教会で下っ端の少女たちは、上役の目がないのを確認してから、今日も疲れたと肩を叩いたり、腕を揉んだりして、食堂でお茶を飲みながら、それぞれくつろいでいた。
「ねえ、聞いた? ルル様の専属護衛にライル様が選ばれたんだって」
「もうカッサ王国まで行ってきたみたいよ。ルル様のところって、見習いはローザさん一人だけだったよね?」
「そうよ。ルル様って、他国に遠出する時は、他の聖女様たちと違って司教様すら連れて行かないのよ。今回もそうだったしね。声が掛かるのを待っている人たちが大勢いるのに」
外出する機会があまりない聖教会の総本山では、聖女が出張する際の付き添いを楽しみにしている者もいる。
中には聖騎士たちに守られながらの旅に憧れをもっていて、助手や手伝いとして声がかかるのを密かに願っている少女たちが大勢いた。
「それって聖女様によるのよね。わがままな聖女様の派遣に当たっちゃうと、いろいろ命令されるそうよ。同行の司祭様や司教様に仕事を押し付けられたり、八つ当たりされたりで酷い目にあうって聞いたもの。聖騎士と口をきいたらすごく怒られたみたい」
「それはそうなんだけど、ルル様だったら優しそうじゃない? ねえ」
「可愛いいしね」
声を荒げることもなく、いつもにこやかな聖女ルルは、仕えたい聖女で必ず名前が挙がった。子どもっぽいその容姿も人気があるようだ。
それには聖騎士が相手にしないだろうから、嫉妬することがない。という意味が大いにふくまれているようだが。
「確かこの前はセレン様も護衛についていたんだったわよね。ライル様やセレン様と旅行ができるなんて羨ましすぎる」
「あの時はトリスタン様も一緒だったんだってね。ライル様とトリスタン様は近場の仕事だと、護衛になることが多いみたいだから、私も誘ってもらいたいなって、いつも思っていたんだけど」
「万が一ルル様からお声が掛かっても、ローザさんと仲良くしているところを、近くで指をくわえて見ていなきゃいけないかもしれないのよね。ライル様とはお近づきにはなりたいけど、あたしは耐えられそうにないわ」
年ごろの少女にとって恋話はもっとも盛り上がる話題でもある。
普段は自分たちよりも地位が高いお姉さま方の目を気にして、聖騎士については話題にすることもできないのだが、今日は食堂に少女たち以外の姿がなかったからか、次々に声があがった。
「無理無理、ルル様のところは、今まで一度だって見習い聖女以外は同行したことがないんだから」
「えー、だったらローザさんだけなの? しかも女はルル様と彼女の二人? それってすごく心配なんだけど」
「ローザさんて、あの見た目で、いずれ聖女だもんね」
全員が一斉に『はあ~』とため息をつく。
「ちょっと前に、セレン様が会いに来ていたの知ってる?」
「そうそう、あの時すごい騒ぎになっていたよね。うちの司教様がセレン様が堕とされたらどうしようってイラついてた。それが一度だけだったから仕事がらみじゃないかってことになって、みんな安心していたみたいだけど」
「ローザさん、早く誰かとくっついてくれないかな。そうしたらライル様と一緒のところを見ても安心できるもの」
「やだ貴女たち、ルル様についていきたいのは修行じゃなくて、聖騎士狙いなの? 願望が駄々洩れじゃない」
「そう言う貴女だってマルセルさんがローザさんにご執心なの気にしているくせに」
「そ、そんなことはないわよ」
このメンバーでは一番年上の助祭が慌てて否定する。ひきつった顔のせいで、言葉に説得力がなく、マルセルのことが好きだとバレバレだった。
「いいじゃない、貴女は。好きな人と職場が一緒なんだから」
「でも、マルセルさんにはコーデリアさんがいるから大変よね。しかも、二人ともがローザさんと仲がいいし。娘公認だもの、マルセルさんを好きな人たちもやるせないわよね。なんで彼女ばかりもてるのかしら」
「そんなわかりきっていること、今更言わないでよ」
「ごめん、でもどうしてもそう思っちゃうのよね。代われるものなら代わりたいって」
「片思いの相手がいる人は、みんなそう思っているんじゃないかしら」
『はあ~』二度目の大合唱である。
「そんなに心配しなくても大丈夫だと思いますよぅ。ローザさん聖騎士には興味がないみたいですから」
みんなで嘆いていたところ、通りかかった助祭の少女がぽつりと呟いた。
「うそ? なんでそんなこと知ってるの?」
「たまたまルル様と話しているのが聞こえちゃったんですけど、ローザさんの好みのタイプって地味で小柄な人みたいなんですよぅ」
「やだ、トリスタン様? どうしよう」
「ばかね、トリスタン様は背が高いじゃないのよ」
「だったら、地味で小柄って誰?」
「ああ、あの人じゃない? ローザさんに会いに来るダンダリアの人」
「この前見かけたばかりなのに顔が思い出せないんだけど……」
「確かに地味で小柄だわ。もしかしたらローザさんって、その人と付き合ってるのかしら。だったらもう心配することもないわよね」
「私はそこまで聞いてないので、好きかどうかはわかりません。それより、ローザさんっていつかは聖女になるんでしょう? 私はルル様からお声が掛かるの待つより、ローザさんと仲良くなっておいた方がお徳だと思うんですよねぇ」
「どういうこと?」
「なんかぁ、ルル様ってああ見えてわがままが凄いらしいんですよ。女嫌いだから、そばにあまり置かないみたいで、旅の間はローザさん一人にずっとお世話をさせているし、重要なことを隠して教えないとか、意地悪して楽しんでいるって聞きましたよ。だから、護衛の聖騎士様たちがローザさんに構うんですよね。あれって、恋心じゃなくて同情だそうですよぅ」
「ちょっと、あのルル様に限ってそんなことないでしょう?」
「そう言われても、私は、出張に同行したことがある人から直接聞いたので。この前、専属の聖騎士様たちが全員一緒にお辞めになったのも、ルル様の態度に我慢ができなかったらしいんですよねぇ。聖騎士様たちは絶対にそんなこと漏らさないと思うんですけどぅ」
「そうよ、信じられないわ」
「そうですかぁ? それならしかたありませんね。えっとー、内緒なんですけど、私は聖騎士に兄がいるんで愚痴られちゃったんですよね……だから、思い過ごしではないんですけどぅ」
「「「お兄さんが聖騎士!?」」」
少女たちが一斉に驚く。
「それと、たぶんコーデリアさんはローザさんの友達だから、出張する時に誘われると思うんですよ。その二人に好かれていたら、旅行にも連れて行ってもらえるかもしれないじゃないですかぁ」
「なるほど!」
「たしかに!」
「それにですねぇ。ローザさんってすごくいい人なんですよ。あの容姿なのにひけらかさないし、親しみやすいっていうか。私は聖女様や見習い様たちの中で彼女が一番好きなんです。ローザさんの助手になりないなって思ってるんで、皆さんとはライバルになっちゃいますねぇ」
「そうね。それにローザさんが、本当にダンダリアのなんとかさんが好きなら、私たちが聖騎士とおしゃべりをしたとしても、なんとも思わないかもしれないわよね」
「そんな下心を持って近づいても、絶対呼ばれないってば」
「とりあえず、ローザさんに嫌われないようにしていたらいいってことよね」
「今度すれ違ったら、声をかけてみようかな」
「でも、あのルル様が……私たちみたいな下っ端が知らないことも多いのね……」
「ねえ、それよりあなたのお兄さんを……あら?」
「彼女、どこに行ったの?」
「っていうか、あの子、誰?」
「私の知り合いじゃないわ」
「あたしも知らないわよ」
そんなことがあったある日。
「ルル様。こんにちは。ローザさんもこんにちは。今日も頑張ってくださいね。わたし、ローザさんが聖女になる日を楽しみに待ってます。陰ながら応援していますから」
「あ、ありがとうございます」
助祭の少女から声を掛けられたローザは首をかしげる。
「最近、よく声を掛けられるんですよね」
「きっと皆さん、ローザが聖女になることを心待ちにしているのよ」
「どうしたんでしょうね急に?」
不思議そうなローザの隣では、何故か『うふふ』とルルが笑っていた。




