11 ルル様と王太子
「私の家にはゼ・ムルブ聖国に関する歴史書や聖女についての書籍がたくさんありますので、聖女様には楽しんでいただけると思うんですよ。庭に小さな教会を建ててもいいですし、私は侯爵家で聖女様が過ごしやすいようにと考えているんです」
リコードにしては珍しく、いままでの中で一番まともな口説き文句だ。
「わたくしにはもったいないお言葉ですわ。皆様を癒し終えたので私は祖国へ戻りますけど、リコード様のご親切は忘れません」
「貴女はこの国に、いえ、私のもとに残るべきです」
「なんだ、聖女はリコードとそんな約束をしているのか、だったらローザ嬢も俺のそばにいたらいい」
ルル様が返事をする前にニクソンが話に割り込んだ。私の名前を勝手に出すな。
「何言ってるんですか。ローザちゃんは僕の花嫁に決まっているじゃないですか」
「なんだと」
ニクソンとモールスが睨み合いを始める。私は絶対にどっちの元にも残らないから。
「何を騒いでいる」
「エラン王太子殿下」
そこへエラン王太子がやって来た。取り巻きたちは遠巻きにして注視している。離れていろとエラン王太子に言われたのだろう。
「聖女、少しいいか」
「はい」
ルル様は私に目配せをしてから、エラン王太子と少し離れた誰もいない場所へと歩いて行った。
「あれ? 聖女はリコードといい雰囲気だったんじゃないのか?」
「いいところをニクソンが邪魔したんじゃないですか」
「そんなこと、した覚えはないぞ」
「ねえねえ、ローザちゃんは疲れていない? 向こうの休憩室で休まない?」
突然私の肩を抱こうとしたモールスの手から逃れるため、ちょうど目に入ったジャックの元へと急いで移動する。
もちろん目はルル様たちを追ったままでだ。
「ジャック様、助けてください。あの人たちしつこいんです」
「ローザさん? 僕のショールが役に立ったみたいですね」
「ええ、助かっています」
話をしながら、ルル様たちの方へ自然と足を向ける。
「ジャック殿、ローザ嬢は俺たちと一緒にいたんだ。どこに連れて行くつもりですか」
私のあとを追ってきたニクソンが忌々しそうにジャックに言う。
「ローザさんには身体の調子をみてもらう必要があって、もともと約束をしていたんですが、何か問題でも?」
「そ、そうですよ。ゼ・ムルブ聖国の使者として、不備があるといけませんからね」
「いや、それならいいのだ」
ニクソンはしぶしぶ自分勝手な追及をひっこめた。
モールスは、公爵嫡男のジャックには初めから歯が立たないと思っていたのか、文句は言わずに近くでこちらを見つめている。
とりあえずジャックという盾ができたので、安心してルル様たちを観察しようとバルコニーの方を見た。その瞬間。
「おまえはどこまで意固地なのだ」
ルル様を怒鳴りつける王太子の声が大広間中に響いたのだった。