15 ジュリアス王子の人物像
「聖女様にはジュリアスを治療していただき、心から感謝いたしますわ」
「本当にありがとうございました。聖女様に治していただいたこの身体で、これからはカッサ王国の民のため努力を惜しまず頑張ろうと思っております」
「わたくしは自分のやるべきことをしただけですわ」
「それでも今夜聖女様に出会えたことは、私にとって僥倖としか言いようがありません。ゼ・ムルブ聖国の聖女様は、本当に神の力を宿しているということも理解することができましたし」
「おっしゃる通り、確かに、私どもは神のお力をお借りしております。しかしながら、一概に聖女とは言っても得意分野が違いますので、誰もが同じことをできるわけではございません。もし、ジュリアス殿下の体内に毒が残っていた場合、わたくしでは痛みを取ることはできても完治はできませんでした。むしろ、見習いではありますがローザの方が適切な治療ができたと思いますわ」
ルル様が便宜上、王妃たちに私のことを過大評価して伝えていた。ならば、ルル様の言葉を現実にするため、私は解毒の処置を完璧に身につける必要がある。
「今回は偶然、症状とわたくしの治療方法が合致したので奇跡的に完治いたしましたが、このように、ご依頼主様の希望が叶うことはとても稀なことでございます。そのことだけはお含みおきくださいませ」
「そうなんですか、承知しました」
「心配なさらないで。今日のことは特別だとちゃんとわかっているわ」
協商なんて、本当に奥の手だと思うから、これから先、そう簡単には使えないと思う。
「これでわたくしたちは、失礼してもよろしいでしょうか」
「ええ、また是非いらしてくださいね。今度はきちんとしたおもてなしをいたしますから」
「ありがとうございます」
「私のことでこんなに遅い時間になってしまい申し訳ありません」
「いいえ、ジュリアス殿下のお力になれて良かったですわ」
部屋から退出しようとソファーから立ち上がると、ベッドで呆然としているトバイアス王子のもとへルル様が近づき声を掛けた。
「殿下、ご安心くださいませ。心身ともに正しい生活を送っていらっしゃれば、神がお守りくださいますわ」
放心していたトバイアス王子の手を握りながら、ルル様はそう言葉を残し、その後、王妃とジュリアス王子に別辞を告げてから王宮の玄関ホールへ向かった。
「問題はございませんでしたか?」
ドアの外で待っていたライルが、ルル様の無事を確認をしている。珍しく、その声と表情には焦りがあった。
ルル様と私は王妃に部屋に連れ込まれ、唯一護衛として側にいた彼は廊下で待機することになったのだから、心配しないわけがない。
「大丈夫ですわ。王妃様のご所望は、聖女の癒しだけでしたから。ローザが無理やり婚約させられることはありませんでしたよ」
「え? 私とトバイアス王子のことですか?」
「初めて会った時から、ローザさんを見る目が怪しかったんですよ。トバイアス殿下は」
「そうでしたっけ?」
逆に、私にはまったく興味がないんだと思っていた。
なぜなら、トバイアス王子の視線が私の胸に向かわなかったからだ。
たぶん、見ている側はこっそりやっているつもりなんだろうけど、見られている方はちゃんと視線を感じる。
だから、私に対して何か考えていたなんて、全然わからなかった。
「あの婚約発表の流れで、王族との話し合いでしたから、気が気ではありませんでしたよ」
「でも、私はちゃんと断りましたよ?」
「ライル様がそうお考えになるのも仕方ないと思うわ。王族の権力をつかえば、ローザの想いを捻じ曲げることも可能かもしれないもの。ローザに好きな相手がいるといっても、どうとでもなると思って無理強いをする王侯貴族がいないわけではないわ」
私の頭には、ダンダリア王国最後の夜が蘇る。今思い出しても、あれは酷かった。
「始めからジュリアス殿下の治療の依頼だとわかっていれば、少しは安心できたと思うのだけど、大広間でお会いした時点では、お身体が不自由そうにも、治療の必要があるようにも見えなかったもの。あの方はとても気丈なのでしょうね。切羽詰まるほどの状態だと、わたくしでさえ、わからなかったのだから」
私もルル様と同じことを思っていた。ジュリアス王子が話し出すまで、身体が麻痺していて、痛みやしびれがあるなんて思いもしなかった。
「あの方が国を背負って立つのであれば、今後憂いはなさそうだわ。それに王妃様も聡明な方でしたもの」
「そういえば、なぜ事前に契約書が用意されていたんでしょう。たまたま聖母様に呼ばれてこの国に来ただけなのに不思議ですよね」
「今回の件はきっと、すべて王妃様の手のひらの上だったのではないかしら」
「今日のことは王妃様が仕組んだんですか?」
「聖母パドマ様に伺ってみればわかることだけれど。直接教皇様あてに書簡を送ってきて直訴した経緯は、すべて王妃様が指南されたのだと思うの。聖母様は、王妃様が親切で教えてくださったと思っているかもしれないけれど」
「それは第二王子派から聖母様を逃がすためだったんですよね」
「それもあると思うわ。けれど、聖女の派遣はそう簡単に決まるものではないのよ。伯爵家からの依頼だとしたら、相当な理由がない限り聖教会は動かないわ」
「相当な理由ですか……あっ」
協商を持ち出すほど、国を揺るがすことがカッサ王国にはあった。
「ちょうどいいわ。その答え合わせは、これからしましょう」
話ながら玄関ホールまでやってくると、ルル様の心配をしていたのか、そこで聖母たちが待っていた。




