12 思い込みが激しすぎる
「いくら王太子争いをしているからと言っても、私は兄上にそんなことはしていません。それに兄上が病弱なのは子どものころからではないですか。少なくとも小さかったころは兄弟として仲良くしていましたよ」
ソファーからがばっと立ち上がったトバイアス王子は、心外だとばかりに大声を上げた。
大きな身体で両手を広げたり、頭を押さえたり、そのリアクションはとても激しい。
唾が飛んできそうだから、王妃たちの方を向いていて叫んでくれていてよかった。
「ええ、貴方には自覚がないでしょうね」
「自覚も何も、毒を盛られていたのは私の方ですよ。あの時はどれだけ苦しんだことか。私が王太子になることを恐れて引きずり落そうとしたのは、そこに座っている兄上の方ですよ」
確かに、トバイアス王子は聖母たちに向かってそう言っていた。私もそれを聞いていたから、ジュリアス王子に対しても良い印象を持っていなかったんだけど、王妃の話では、全部がジュリアス王子を貶めるための嘘だったってことだ。
それにしては目の前で王妃に訴えている姿は真に迫っている。トバイアス王子って、思い込んだら一直線って感じで、下準備とか根回しという必要なことを疎かにしちゃう阿呆だと思っていたから、こんな演技ができるのは意外だった。
「貴方のそれはちょっとお腹を下したというだけの話でしょう。本当に思い込みが激しすぎるわ」
下痢……毒の摂取なんてしなくても、そんなことは誰にでもあることだ。
この王子、親から見ても、思い込みが激しいと思えるらしい……。
「もう少し物事を深く考えられないものかしら。そんなことだから貴族たちに担がれてうまく利用されてしまうのよ。そのことにまったく気が付きもしないのだから、貴方を王太子になんて選べるわけがないでしょう」
「そんなことはありません」
「貴方がいくら反論したところで、こちらには証拠がそろっているの。本当だったら、陛下が戻って来てから公にする予定だったけれど、貴方にだけは先に伝えておくわ」
「何のことですか」
ちょっと待って。
そんな重要なことを私たちが聞いていてもいいの? 家族だけでやればいいのに、わざわざこの場で言い合っているということは、王妃は私たちに聞かせたいってこと?
私は巻き込まれることを恐れているんだけど、ルル様は隣で静かに座ってその動向を観察しているだけだ。王妃に声を掛けるとか、席を外す様子もない。
「貴方たちが民を救うと言って財務大臣に掛け合い、もぎ取った予算のことよ。国庫から出しているというのに、その半分近くが使途不明なのだけれど貴方は何に使われているか知っているのかしら」
「それは……侯爵たちに任せていて、私は把握しておりませんが、毎週、食料を民に配っております。そのことは周知の事実ではありませんか」
「その量が予算と合っていないと言っているのだけれど……それから、聖母パドマたちを脅していたのも、貴方を推している者たちの自作自演なのよ」
第一王子派から脅迫文が送られてくるって言ってたけど、それが仲間だと思っていた第二王子派からだったの?
「そんなはずは……」
「信じられないのなら、貴方がパドマに贈った焼き菓子やシュガーケーキを調べればわかることだわ。彼女たちは食べずにまだ持っていると思うわよ」
痩せ細って病気のふりをするため、二人は食事を制限しているって言っていたから、保存が可能なお菓子の類はあとで食べるつもりだったのかも。口にしなかったのはなんたる幸運か。
「なぜ、そんなことを母上がご存知なのですか」
「貴方たちが近づいたことを知ってから、第一王子派だけではなく、第二王子派からもらったものも口にするなと忠告しておいたのよ。たとえそれがトバイアスからもらった物でもね。そして、腐らないものであれば取っておいてほしいとお願いもしてあるわ」
なんだ、そういうことか……。
「母上は私が贈ったものに毒が入っていると言うのですか?」
「貴方が入れたとは思っていないわ。指示したとしたら侯爵あたりではないかしらね。今の状況でパドマたちに何かあった場合、一番疑われるのはジュリアスなのよ。証拠がなくても王都の民は懐疑的になってジュリアスは信用を落とすことになるわ。第二王子派は周りがそう思い込むような噂をひろめるでしょうしね。だから、何かあっては困るから、ずっとパドマたちの周囲は警護させていたのよ」
聖母たちを狙っていたのは、実はトバイアス王子推しの第二王子派で、王妃が手を回していた護衛も伯爵家の周辺にいたから、彼女たちは、それがすべてジュリアス王子推しの第一王子派だと思って怯えていたんだ。
「そんな……私が王太子になろうと思ったのは兄上が非道な行いをしていると聞いていたからですよ。私までもが毒を盛られたとあっては、もう許せることができないと思ったので……」
「貴方は踊らされていたのよ。すぐに信じることはできないと思うけれど、これからしばらくの間、貴方は謹慎することが決まっているから、その時間を使って、こちらで集めた証拠をよく吟味なさい。そして思い出すのよ。幼い頃、貴方に渡された砂糖菓子を食べたジュリアスが、その後どうなったのかを」
「幼い頃……」
トバイアス王子に悪意があったわけではなかったらしいけど、思い込みが激しい性格を、このままにして放っておくことができないことはおおいに同意する。
ルル様が力を貸すと言った発言も、私を婚約者にしようとしたことも、もしかしたら、誰かに唆されたのかもしれないけど、こんなに単純に誰かに操られるようでは、国を治めるなんてどう考えても無理だろう。
かと言ってジュリアス王子はしゃべることもままならない状態だ。
貧乏な上に次代に恵まれていないこの国はいったいどうなるんだろう?
ルル様が世界平和を願っているというのに、どこもかしこも王子が阿呆ばかりで、本当に問題を抱えすぎだ……って違うか。
ルル様が、そんなところにばかりに送り込まれているんだから、これは至極当然のことだった。
それでも今回に限ってジュリアス王子だけはまともなのかもしれない。ほとんど話してないから本当のところはわからないけど。
あれ? でも、もしかしてルル様が任されたってことは、今回もこうなることを予測していたってことなの?
「王妃様。わたくしたちが同席を許されたのは、そういうことなのでしょうか」
今まで静観してたルル様が王妃に向かって話しかけた。
「わたくしが思った通り、聖女様は優秀な方のようね。話が早くて嬉しいわ」
王妃とルル様が微笑みながら視線を交わしている。そういうことってどういうこと?
優秀じゃない私には、わけがわからないんだけど。




