01 聖女の癒し
「伯爵様に神のご加護がありますように」
私の目の前で聖女ルル様が神に祈りを捧げた。
カーテンが引かれた部屋の奥。老人が寝ているベッドのシーツには、ランプの微かな光で出来た私たちの影だけがぼんやりと浮かんでいる。
ルル様の姿、行為、そのすべてを見逃さないように、私ローザは瞬きもせず見入っていた。
「さあ、ゆっくりと目を開けてください」
そんな状況の中でルル様は老人に声をかけた。その老人は気がはやったのか、ルル様の言葉などお構いなしにすぐに瞼を動かす。そして灰色の瞳をしっかりと見開いた。
「いかがですか?」
ルル様が老人の目の前に自分の手をかざした。
「おぉ、なんと言うことだ。見える。見えますぞ聖女様」
「最初のうちは光が眩しく感じるかもしれませんから、ゆっくりと慣らしていってくださいませね」
「かたじけない。癒しの力とは本物だったのじゃな。貴女様に失礼な態度をとって申し訳なかった。まさか、またこの目が見えるようになるとは。本当にどれだけ感謝しても足りませぬ」
老人はその瞳から一筋の涙を流しながら聖女様に頭を下げた。
「わたくしの癒しの力は神から授かったものです。そのお気持ちは神へ捧げていただけますでしょうか」
「もちろん神にも感謝する。それと貴女様への気持ちは別の話だ。礼と言ったらなんだが、貴女が欲する物は何でも用意しよう。是非この老いぼれにその機会を与えてくれ」
この人物、事前に偏屈な老人だと聞いていたし、治療を始めるまではあからさまに訝しげな態度をとっていた。
それがどうだろう。聖女ルル様の癒しを目の当たりにすると、みんなこの様に人が変わったようになってしまう。
「そこまでおっしゃっていただけるのでしたら、聖教会へのご寄付をお願いできますか?」
老人は、たった今見えるようになったばかりの両眼を大きく開いた。その瞳に映っているのは聖教会の修道女が身につけるとてもシンプルな修道服を着た小柄なルル様だ。
「なんと欲のない方なのだ。貴女様は聖女になるべくしてなったお方なのじゃな」
老人はルル様の手を取って感謝と称賛の言葉を延々と並べたてた。
老人のお屋敷を後にして、ダンダリア王国が用意してくれた最上級の宿へ戻る馬車の中。ルル様は『ふう』と軽く息をはいた。
外にはルル様を守る護衛の聖騎士がついているし、いつでも人の目を気にしなくてはいけない聖女は気の休まる時が少ない。
どうしても夕食を一緒にという老人の言葉に甘え、ご馳走になってしまったので、帰途につく頃には、すっかり辺りが暗くなっていた。
「今日も遅くなってしまいましたわね」
「ルル様のお力がすごいからです。この世界で失明した眼を治せるのは、ルル様しかいませんから」
私が仕えるルル様は、聖教会の総本山でもある、母国、ゼ・ムルブ聖国においても他に類を見ることのない癒しの使い手だ。
欠損部分を元通りに治すことができるのは、現在はルル様おひとりだけ。
「そう言っても、わたくしはできることをしているだけなのよ。ローザだって正式に聖女の位を授与されれば同じだわ」
「私なんていつ聖女になれるかわかりませんよ。それに能力が全然違います」
私、ローザは聖女見習いだ。
ルル様のおそばでいろいろ学ばせてもらっている最中だけど、どうやったってルル様のようにはなれない。
私の力では軽症を治すのがやっとだからだ。
「そんなことないのに。ローザはいつだって自分に厳しいのね」
「ルル様こそ、ご自分のお力を軽視しすぎです」
私たちはいま、ゼ・ムルブ聖国から派遣され、ダンダリア王国で傷ついた人々を癒している。
ほとんどが聖女であるルル様の仕事だけど、火傷の痕や軽い症状の場合は、私に経験を積ませるためルル様が回してくる。
「治療のお約束している方は、あとお一人だったかしら?」
「はい。明日、先日伺った公爵家へ経過の確認に行くだけですね。明後日、昼にダンダリアの王様と王妃様へご挨拶伺いをしたのち、夜に王太子殿下主催の夜会に出席したら、今回のお役目はすべて終了です」
「ゼ・ムルブへの帰り道はいつも通り各教会を巡礼しながら戻りましょう。民衆こそ救いの手を差し伸べるべきですもの」
「そうですね」
ルル様はいつでも弱きものの味方だ。
ゼ・ムルブ聖国が他所の国に聖女様たちを派遣している理由はいろいろあるけど、それ相応の金銭が動くからだということが大きい。
それは貴族だけの特権なので、ルル様は誰にも等しくご自分の力を使いたいと思っているようだ。
その精神も見習いたいと思う。