引き裂かれたチーズ
誰がチーズを買ったのか。それは私と母が言う。
誰がチーズを裂いたのか。それは私と父が言う。
誰がチーズを食べたのか。それは私と姉が言う。
「私はまだ食べてないっ!」
新商品のそのチーズ。学校のクラスで話題となっていたそのチーズ。「買ってきて」と母にお願いしたそのチーズ。私はあふれる涙もそのままに、家を飛び出すかのようして学校へと向かった。
学校が終わって帰路に就き、帰宅して早々冷蔵庫を開けた。一目見て、そこにあるはずの物が無い事に気付いた。
誰がプリンを食べたのか。それは私と母が言う。
母一人で全て食べたのか。私も食べたと父が言う。
皆でプリンを食べたのか。はいそうですと姉が言う。
「私はまだ食べてないっ!」
3個セットのそのプリン。お小遣いで買って楽しみにしていたそのプリン。昨日買って置いたそのプリン。その日私は夕食も食べず、不貞腐れる様にして布団に潜り込み、枕を濡らしながらに眠りに就いた。
翌朝になりふと目を覚ますと、枕元にはビニール袋が1つ。その中には沢山のチーズと値段が張りそうなプリンが1つ。そして「ごめんね」と書かれた1枚の小さな紙。
誰がチーズを買ったのか。それは私と母が言う。
誰がプリンを買ったのか。それは私と姉が言う。
父は何もしていないのか。何もしてないと父が言う。
「お父さんとはもう話もしたくないっ!」
父が嫌いになった。そして父と話さないままに時は流れ、次に父と話すのは数年後の事だった。
大学で出会った人に結婚を申し込まれた。私はそれを快諾し、父を含む家族全員に紹介した。私に対してずっと負い目を感じていた父は、その人の顔をまともに見れないままにその場を過ごし、その半年後に結婚式を迎えた。
それから50年程の時が流れた。私は海外という遠い空の下、その国のチーズを食べながらに家族を想う。
母はどうしているか。元気だよと母が言う。
姉はどうしているか。元気だよと姉が言う。
父はどうしているか。墓の下だと母が言う。
両親は30年程前に離婚していた。その10年後に父は亡くなっていたらしい。離婚の事は母から聞いていたが、亡くなった事は聞かされていなかった。
結婚して直ぐ、夫の夢の為に海外へと向かった。それ以降は経済的な理由もあって日本に帰る事は一切無かった。数年に1回程度、母や姉と連絡を取る事はあったが、父とはそれすら無かった。結局父と言葉を交わしたのは結婚式が最期となった。
引き裂けないそのチーズ。歯型が付くだけのそのチーズ。もう2度と会う事の無い父を想い一口齧る。
誰がチーズを買ったのか。それは夫と私が言う。
誰とチーズを食べたいか。それは父と私が言う。
一緒に食べたかったなと私が言う。子や孫に囲まれながらに私が言う。
2020年08月04日 2版 誤字修正
2020年02月24日 初版
何か色々な書き方が混ざってしまった感じもする。「その他」のジャンルにしたが、「音」に寄せている気もするから「詩」にしたほうがよかっただろうか。