魔物について学びましょう
「さて、何があったのか話してくれるな?」
ギルドマスターの私室の様な所に案内され、いきなりそう繰り出された。
このまま答えてもいいんだけど、二つ程聞きたい事があったので言うだけ言ってみる。
「私だけに聞くよりは、もう一人この場に呼んだ方が良いと思います。後、ギルドマスターさんの名前を教えてください、不便なので」
「そりゃすまんかった、俺の名前はクリスだ。それと前者については却下だ。お前さんに怯えちまってるようだからな、ビビッて真実が捻じ曲がる可能性がある。そういえば俺も、お前の名前を聞いていなかったな」
「シオンです。そういう事なら分かりました、映像を流します」
「映像? ……おぐぅ!」
一々言葉に出すのが面倒だったので、魔法で記憶をそのまま流す。別に悪い事はしてないんだけどな。
「おま……はぁ……何をした?」
「何って、魔法です。私の記憶をクリスさんに流しました。」
「…………記憶を? 聞いた事もねぇ……何なんだお前さんは」
「しがない旅の……魔法少女ですけど」
「しがないの意味を後で誰かに教えて貰え。とりあえず、お前さんの事情は分かった」
それだけ言い残して、クリスさんは部屋を出て行った。
あぁ……そうか、私は逃げても、ギルドの職員は逃げない。優秀な人なのかもしれない。
「ねぇ、しがないってどういう意味?」
「つまらないって意味さ」
「なんだ、じゃあ合ってるじゃない」
「その認識を改めよう、君がしがない存在なら、周りの人間は塵とか芥とかそんなもんになっちゃうよ」
「ともかく、これで一段落ねぇ」
「……どこが?」
「知らないの? 冒険者は舐められたら終わりらしいわよ?」
「………………。」
畜生と他愛も無い事をお喋りしていると、クリスさんと受付の女の人が部屋に戻って来た。時間にして三十分程だろうか。
「驚いたな、逃げてると思ったぜ」
「逃げる理由がありません」
「…………話は聞いた、仕掛けたのはゴラン達だと。だが……あれは流石にやり過ぎだろう?」
「例えば、私がこのギルドの裏路地で、虚ろな瞳で股の間から血を流す羽目になっていたとしても、やり過ぎだったのでしょうか?」
「……おいおい、アイツらもそんなつもりは……」
「さあ? 私にはわからないので」
「…………そうだな、悪いのはこっちだ。全面的に謝罪しよう。それで、何をどうすれば許して貰える?」
「売られた喧嘩を買っただけなので、謝って貰えるなら別に許しますけど?」
「だとよ、アリーシャ」
「ご、ごめんなさい」
「はい、許しました。それで、ギルドへの登録についてですが」
「出自は問わず。書類を提出した時点で、加入の手続きは終わってるよ。後は説明だが……アリーシャ、お前の仕事だ」
「は、はい!」
一、
冒険者ギルドのランクはEから始まってAまである。
二、
ランクの上昇条件は国、もしくはギルドへの貢献。
三、
ギルドに出てくる依頼はランク制で管理されていて一つ上のランクまでは受注可能。
四、
冒険者同士の揉め事はご法度、同時に冒険者同士の争いは自己責任。
五、
国を渡る場合はその国の法に従う事。街単位に置いてもこれと同じとする。
六、
ギルドカードを紛失した場合は中銀貨一枚で再発行可能。二度紛失した場合はギルドを除名とする。
七、
Cランクから市民権を取得可能。市民権を得た場合は国を出る事は禁ず。便宜については別途説明有り。
「以上です。七項目に当てはまらない事情に付きましては、別途ギルドの裁量によって判断致します。な、何か質問は?」
『覚えられた?』
『うん、特に問題はないかな』
「すみません、硬貨の種類に関して聞きたいです」
「銅貨十枚で小銀貨一枚、小銀貨十枚で中銀貨一枚、中銀貨十枚で聖銀貨一枚、後に小金貨、中金貨、聖金貨と続きます」
「聖銀貨?」
「聖女によって祝福された銀や金を加工したものを指します。基本的に聖銀貨より上は大きな取引でしか使用されません」
「はーい、ありがとうございました」
物価に関しては良く分からないけど、その気になればご飯も泊る所もいらないし……何とかなるかな。
「……ランクに関して、お前がその気ならCから始めても構わんが、どうする?」
「……? どうしてですか?」
「ゴランがCランクの冒険者だからだ。それをのしたって事は実力があるって事だろ?」
「Eからでいいですよ。それと、他の冒険者の紹介とかってありますか?」
「……冒険者パーティの斡旋なら行っているが……誰かと組むのか?」
「同年代で空いている所があれば。友達を作りたいんです」
「………………分かった、声は掛けて置く」
「わー! やったあ! ありがとうございます!」
「依頼を受けるなら明日からにしてくれ、お前さんの事について周知しておく必要がある。それに、職業についてだが、魔法少女のままだと悪目立ちするが、そのままで行くのか?」
「じゃあ、魔術師で!」
「明日また来てくれ、ギルドカードもその時に渡す」
目立たない、手加減しよう、ほどほどに。よし! ミッションコンプリート!
『……いや、クソ目立ってたけど…………』
畜生の戯言は置いといて、ギルドマスターの部屋を出て一階の酒場へと降りる。
一階には誰も居なかった。みんな逃げたのかな? 全員の顔は覚えているけど、冒険者同士の揉め事はご法度らしいし……。
「それで、この後はどうするんだい? エドワードさんの家に戻る?」
「んー、それは申し訳ないし……ちょっと下見に行こうかなって」
「下見?」
「うん、ほら私達ってこの世界の魔物? だっけ? について何も知らないからさ」
「あぁ! それはいいね、君と違って僕は間近で見てみないとどんな相手なのか分からないし」
「そうそう、じゃあ! れっつごー!」
転移魔法を展開し、その中に飛び込む。
ここに来てすぐに地図を作製したからこの世界で私が行けない所はない。飛行魔法に比べると疲れるので、遠出をする時くらいしか使わないけど。
「はい、到着~!」
「……お城? 駄目だよ詩音、こういう権力者の所って、しかるべき手順を踏まないと色々と面倒な事になるんだよ?」
「大丈夫じゃない?」
「そりゃあ身の危険はないかも知れないけど、世界の常識にあんまり配慮しないのはねぇ……ところで、どの国のお城なの?」
「魔族の国」
「へぇ~……魔族の…………魔族の!?」
「うん。魔王のお城」
「敵の本拠地ぃぃぃいいいいい!!!!」
畜生がそう叫ぶのと同時に、知らない山の中に飛ばされていた。
転移魔法だろうか? それとも防衛魔法? こちらに対する敵意が全く感じられ無かったので、まんまと相手の術中に嵌ってしまったらしい。
即座に転移魔法を展開して城へと戻る。お話を聞かないと。
転移しては戻され、転移しては戻されを数十回繰り返した所で変化があった。
「大人しく帰れよぉぉぉおおおおおお!!!!」
真っ黒なローブに身を包んだ男の子が、泣きながら私に叫んで来たのだ。
二回目以降は防ぐ事も出来たけど、そのやり取りが楽しくてついつい遊んでしまった。コミュニケーションって楽しいね。
「こんにちわ、貴方が魔王さん?」
因みに畜生は転移酔いをしたのかぐったりとしている。情けない畜生だ。
「ひっ! こ、殺さないで!!」
「殺さないよ、失礼だなぁ」
「じゃ、じゃあ何の為に余の城まで来た!?」
余! 余だって! 自分の事を余っていう人初めて見た! 泣きべそをかいているので威厳は全くないけど、この子が魔王だね。魔王ってもっと禍々しい見た目をしてるかと思ったけど、なんか可愛い。言葉が通じるので対話に魔法を使う必要が無いのも好印象。
「お話を聞きに来たの。ごめんね、いきなり押しかけて」
「お話!? 人族の、それも高位の魔術師が余に何の話があるの!?」
「魔物の事とか教えて欲しいなって」
「知らない! し、知らない知らない! 低級な魔物とか余の管理外だから! 管轄外だから! 余、関係ないから!!」
何を勘違いしてるんだろう? 酷く怯えてしまっていてお話にならない。
そうだ、鎮静魔法を掛けよう。
「あひ……あへぇ~…………」
緊張感から解放されたのか、恍惚な表情を浮かべる魔王君。どれだけ緊張してたんだろう、ちょっとキモい。
「落ち着いた?」
「う、うむ……それで、危害を加えに来た訳では無いと言うのは本当か……?」
「うん」
「本当に? 嘘ではなく?」
「うん」
「やっぱり気が変わった~とかは無しだぞ!? ホントにホントだな??」
「しつこいよ」
「ご、ごめんなさい!!!」
涙目になって謝る魔王君。キリが無いな。
ちょっと面倒臭くなっていると、畜生がやっと目を覚ました。
「オロロロロロロロロロ…………」
目を覚まして、すぐに吐いた。汚い。
畜生は別にご飯を食べないので、吐瀉物といってもキラキラした魔力の粒子なんだけど、なんか汚いので距離を置く。人様の家でいきなり吐かないでよ。恥ずかしいなぁ。
「こひゅー……おえっ!」
「ごめんなさい! 気分を害してごめんなさい!! お願いです殺さないでください!!」
吐瀉物に塗れて嘔吐く畜生と、泣きながら頭を下げる魔王。正にカオスだ。まともなのは私しかいない。
これは酷い。そう思いながら、二度目の鎮静魔法を展開する。
「おふっ……はぇ~…………」
一回目と同じ様に恍惚な表情を浮かべる魔王君。何か癖になってない? 魔族の人達大丈夫かな。貴方達の王様……変態にしか見えないけど。




