冒険者の洗礼
「随分と威勢がいいじゃねぇか、嬢ちゃん」
啖呵を切った私に、最初に立ち塞がったのは冒険者ギルドに入って早々野次を飛ばして来たハゲのおじさんだった。
「おい、ゴラン! 怪我させるなよ~相手は小娘なんだからよぉ~」
笑い声を上げながら、後ろの連中が野次を飛ばす。
目の前のハゲはゴランと言う名前らしい。もうハゲでいいや。
「ったりめぇだ! ちーっとばかし世間を知らないお嬢様に、ここの流儀を教えてやるだけだ」
のしのしとハゲた頭を左右に振ってハゲが近づいて来る。周りの連中はからかいながらも止める気は無いみたいで、俗にいう洗礼と言う奴だろう。
新しく湧いた雑魚がよくやって来る手段だ。初見で相手をナメプして格の違いを分からせてやるー的な奴だ。
そういう輩に私が取る手段はいつも決まっている。
「ハゲ、お前は魔法少女の刑に処す」
魔法少女の刑と聞いて、鎮火して一息ついていた畜生がガタガタと震えだした。
畜生は知ってるもんね。魔法少女の刑。
「嬢ちゃん、謝るなら今の内だぜ? 詠唱も無しに発火させたのは確かに少し驚いたが、すぐ消えちまった上に燃え広がりもしてねぇ……ただのコケ脅しだろ?」
顎でクイっと畜生の方を指した。何言ってるんだこのハゲは? 畜生へのお仕置きで店を燃やす訳ないでしょ。
腕を組んでこちらを威嚇するハゲに悠然と近づく。手に持った魔法の杖、マジカル☆ステッキをくるくると回しながら昔を思い出していた。
懐かしいな、この鈍器は最初くらいしか使い道がないから役に立つのは久しぶりだ。
「マジカルマジカルクールクル……」
「はぁ? ――――ほ!!」
杖を振るってハゲの両膝を粉砕する。そして直後に魔法で治してあげた。
周囲には何が起こったのか分かる筈が無い。本人にも何が起こったのか分かってないだろう。膝を砕かれた痛みだけが、錯覚にしてはやけにリアルな感覚として一瞬残るだけだ。
「あ! ふぎ!! あひん!!」
両膝を砕く度に、ハゲが気持ち悪い声で喘ぐ。砕いた膝は一瞬の内に治療しているので、傍から見ると本当に気持ち悪い。ハゲキモい。
「お、おい! どうしたゴラン……?」
周りの連中も、異変に気付き始める。でも何が起こってるのかはまでは分からない。目の前のハゲの怯え具合から見て、ハゲには何が起こってるのか分かっているみたいだった。それを現実として受け入れるかどうかは別にして。
「ふ~んふふん~ふ~んふ~ん」
杖を亜空間に収納して、ハゲの手を握る。変なばい菌が付いていたら嫌なので、浄化魔法を掛けてから。
「ねぇ、ハゲ?」
握った手の骨を砕きは治し砕きは治しを繰り返しながら、優しくハゲに話しかける。ハゲは全身から脂汗を滲ませながら、涙目になって私を見ていた。
「……死にたい?」
ブンブンと首を横に振るハゲ。汗が飛ぶから止めて欲しい。死ね。
先程から繰り返していたおてての骨折を緩めて、ハゲの脳内にある映像を魔法で流し込む。流石に五年も戦っていると、正体がバレそうになる時もあった。対策として編み出した記憶を消す魔法の応用版だ。
「……じゃあ、踊って? 可愛く……ね?」
手を放してハゲを自由にしてあげる。やはり闇の軍勢に比べると、心が折れるまでが早い。まぁ、魔法少女の刑はここからが本番なので、第一段階はすぐ終わるのに越した事はないんだけど。
「ほ、星々よ!! わ、私に力を貸して!!」
私に背を向けて、後ろに控えていた聴衆に向けてハゲのワンマンショーが幕を開けた。
私もそこまで意地悪じゃない。ハゲの脳内には私の変身シーンをずーっと流し続けてあげている。完璧にトレース出来る様に。
「どぅーるーとぅーるしゃらんしゃらんらんらん~るるる~らら~」
効果音を口ずさみながら、クルクルと回転するハゲの衣服を魔法で飛ばす。同時に光でハゲの裸体を覆い隠し、ポーズに合わせて魔法で作った私と同じ衣装をハゲに少しづつ纏わせていく。私は優しいから演出は手伝ってあげるね。
「こ、このほしの平和は わ、私が守る! ま、魔法少女! マジカル☆シオン!」
最後はシオンじゃなくてハーゲって言って欲しかったな~。所々ぎこちない部分もあったけど、初めてだし及第点をあげる。はい、拍手~!
ぱちぱちぱちと、私の拍手だけが冒険者ギルドに鳴り響いた。
畜生も含めて、周囲の連中は固まったままだ。恥ずかしくなんかないよ? ……私も、やってきたんだからさ?
「じゃあ、死のっか」
「ひ、ひぃ! やややややや約束がちちちちちがっ――――」
「聖なる光よ、煌めく星々の輝きよ、闇を打ち払う一筋の光魔となりて悪を討て! シャイニングプリティカル――――」
「やめてあげてよぉぉぉぉおおおおお!?」
数年振りに唱えたシャイニングプリティカルアローの正式詠唱は、畜生の顔面ダイブのせいで妨害された。
威力を最小限に抑えた光の矢はハゲの耳を掠めて冒険者ギルドの建物を貫通して空へと消えて行った。
「いっづああぁぁぁぁぁ!!!」
耳を少し焼かれただけなのに、大げさに騒いで尻もちをついたハゲはガタガタと震えている。ちょっとハゲー! パンツ見えてるんですけど……夢に出てきそう。最悪ー。
「やめてあげてよぉぉぉぉ! 殺さないであげてよぉぉぉぉ!?」
「うっぷ! 離れて! 殺さないわよ、ちょっとした冗談でしょ!? コケにした魔法少女がどんなものかその身で味わってもらうただのデモンストレーションだって!」
「嘘だよぉぉぉ!? 殺す気だったよぉぉぉおおお!!」
殺さないって言ってるに、本当に畜生は心配症なんだから。仮に脳天を貫いてもすぐに回復するつもりだったよ? 本当だよ?
結果的に死ななければ問題ないよね? 流石に私もこの世界に来て早々人を殺めるつもりはないし。
「だってぇ、生意気な相手をめっ! するのが冒険者の流儀らしいし? 私なりにその流儀に従っただけなんだけどなぁ~……」
後ろで固まっていたギャラリーが、一斉に首を横に振る。あれ? 違うの?
まぁいいや、じゃあ魔法少女の流儀って事で。
「それで、次は誰にするの?」
「………………。」
ハゲへの教育は終わったので、次の相手が名乗るのを待つ。
私が覚えている限り、笑っていたのは全員なので、最終的にはみんな魔法少女の刑に処すんだけど。
「おい! なんの騒ぎだ!」
「ギ、ギルドマスタァ…………」
声のした方を振り向くと、二階の扉からおじさんが身を乗り出していた。ギルドマスターって事は、一番偉い人かな?
「この子……いえ、こ、この方が……」
震える指先で受付の女の人が私を指さす。失礼じゃない? 私はどちらかと言えば被害者なんですけど?
ギルドマスターのおじさんは、周囲の状況を一瞥すると、私に声を掛けて来た。
「あー、そこの君。ちょっと話を聞きたいからこっちに来てくれ」
「はーい。分かりましたぁ」
ギルドマスターのおじさんに呼ばれて二階へと上がる。三歩程階段を上がった所で挨拶をするのを忘れていた事を思い出して後ろを振り返った。
「後で続きをするから、ちょっと待っててね?」
返事は無かった。
魔法少女の刑
敵対する組織が変わる度に、魔法少女と言う存在を侮る事にうんざりした詩音が考案した戦法。
変身を省く様になってからは長らく行われてこなかったが、心を殺し、尊厳を殺し、最期には塵一つ残さない悪魔的所業。