幸せな死
多少残酷な表現が含まれております。
ある男が歩いている。名前を田村と言ったが、もうあまり意味をなさない。
田村は懺業山と言う山を、昨日の昼頃から登っていた。一夜を明かすもその足を止めず、もうガタガタと震え始めていた。
だが、田村は足を止めず歩き続けた。目の下に隈は出来その眼差しは虚ろながら、その瞳の奥の奥には決して消えぬ光があった。
懺業山に登る決断をしたのは一ヶ月程前の話である。懺業山の存在を知ったのもちょうどその位の時期であった。インターネットの書き込みである。
田村は半信半疑ながら、懺業山に登る決断をした。そして今登っている。話しによれば、もうそろそろ山頂に着くはずである。道のりのなかで同士と見られる数々の死体を目の当たりにしたが、彼らは急ぎすぎたのだ。田村にはまだ体力があった。
やがて、田村は山頂に到達した。朝日が登る時間帯だった。田村の目の前には眩いばかりの光輪があった。
懺業山。全ての罪を許され、極楽浄土へと続く道標と言われる山である。
田村は手を合わせ念仏を唱えた。目には涙が浮かんでいる。そのまま身を乗り出し、断崖から身を投げた。田村の体は断崖から突き出した岩にかすり、顔面の皮が剥がされた。そのまま体はぐるぐると回転し、ギザギザした岩壁に何度も激突して赤黒く染まっていった。
硬い大地に激突した時、田村の体はほとんどただの肉の塊だった。しばらくの間静寂が辺りを包んでいたが、やがてカラスが周囲を飛び始め、田村の体をついばんだ。
数日経つと、田村の体はすっかり白骨化していた。周囲には、田村と同じような最期を遂げた者たちの骨が累々と散らばっていた。