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ある日、少女は首を吊って亡くなった。この出来事に、家族、知人、恋人は哀しみという感情以前に、少女の死について困惑や疑問を隠せないでいた。
どうしてあの子が。
どうして彼女が。
少女を知るものは口々にそう呟く。さぞかし、少女は何か思い詰め、自らの命を絶ったのだろうと、口を揃えて皆言う。
ここまで周囲に哀しみを抱かせるのだ。少女は間違いなく愛されていたのであろう。
しかし、不思議なことに、少女の死に顔はそこまで負の表情を浮かべてはいなかったそうだ。まるでそれは、命を断つことを当然のように受け入れていた顔だったとか。
「アイツは馬鹿なことをした」
少女の父親はそう呟く。
「別に死ぬことなんて」
少女の母親はそう嘆く。
とは言うものの、少女の心境は少女にしか分からない。葬儀が終わった今、第三者がどうこう言ったところで、今更少女の心臓が鼓動し始め、自殺の動機を語る訳でもない。まあ、かつて鼓動していた心臓はとっくに灰となりましたが。
こうして少女の一生は終わった。二十二という若さだった。
*
私、菊丘陽葵は死んだ。
実家にて、首を吊ったのだ。何かおかしい事だろうか?
実家で行ったことは申し訳なく思うが、なにせ日本は年間何万もの人々が自ら命を捨てていると言われているし、それは当たり前のようにテレビや新聞などで報道されている。私はその中のたった一つに過ぎない。
とまあ、まるで世の理を悟った物語の主人公、のような台詞を吐いてしまったのだが……。
話を戻そう。私は死んだ。
だからどうこう言う訳でもないけれど、少し私の話し相手になっていただけると嬉しい。話し相手と言ったが、そう大層なものではない。これは私の一方的な独り言なのだから。
小さい頃、私は活発でお調子者で口数の多い子どもだった。
よく友達と外で遊んだり、集まっておままごとをしたりとそれはそれは楽しい日々を送っていたことを覚えている。
特に幼稚園から仲が良かった国枝結月ちゃんとは、毎日のように遊んでいたと思う。小学校でも、お家の中でも、それこそバスを用いて行くような場所でも、二人はいつも一緒だった。
ある時、私達は将来について語り合ったことがあった。
「大きくなったら何になりたい?」
「私は歌手になりたい!」
結月ちゃんは幼稚園の頃から歌うのが大好きな子だった。特にお歌の時間では、他の園児と比べて頭一つ抜けた歌唱力に他の園児をはじめ、先生たちも称賛するほどだ。
結月ちゃん自身も、自分が歌が上手いことを自覚しているからか、自信に満ちた声で私の問いかけに即答した。
「陽葵ちゃんは?」
同じ問いかけが結月ちゃんの口から私に返ってきたのだが、私は困惑し口ごもってしまった。何かと運動や勉強はそこそこ出来る方だった。そのせいか、その気になれば自分は何でも出来るなどという、安易で大雑把な考えを持っていたため、固執して何かに打ち込むことがなかった。素直に言うと、したいことが特になかったのだ。
だからだろうか、私は彼女の問いに対し何となくの返答をしてしまった。
「人の為になる事がしたい、かな」
「ふーん」
結月ちゃんは私の答えに面白味を感じなかったのか、素っ気ない相槌をした。やけにその反応が印象的で、脳裏に焼き付いていた。
何故か私は、愚かな発言をしてしまったと後悔した。心にもない言葉を言うくらいなら、最もらしい答えを用意するべきだった。どうせ小学生の時に抱く夢なんて、大抵の人は大きくなるにつれ徐々に廃れていくものなのだから。




