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気まぐれ短編集  作者: 安達澄晴
2/6

恵みの雨ならぬ記録的豪雨

【お題:安い嵐】必須要素:いびき

制限時間:1時間 超過なし

ジャンル:日常




 私の後ろで激しい雨音が窓を叩いている。

 両隣では夫と息子がそれに負けじと、オーケストラよろしくいびきの見事な2重奏を奏でていた。

 ……眠れない。

 普段ならとうに支度を済ませているこの時間だが、今朝はスーツに着替えたところで急に携帯が振動した。

 通話相手は会社の上司で、突然の記録的豪雨で電力供給が途絶え、パソコン作業を主とするSE(システム・エンジニア)である私は休みになったということを伝えてきた。

 つまりは、然るべきときに動くための自宅待機。結局休みなんて幻想なのだ。……まあ、有給とるときはとるけど。

 了承の旨伝え、通話を切ると私は即座にスーツ一式を脱ぎ捨てた。まだ嵐がやむ気配はない。だったらすぐには呼び出しもかからないだろうと、躍起になってパジャマを着直した。もし今折り返し電話がかかってきても、最近休みのやの字も見えなかった私は狸寝入りをかましただろう。なんであろうと今だけは少し抗っていたかった。

 たまには二度寝するかと再びベットへ潜り込む。しかし、せっかくの自由時間にも関わらず、早起きの習慣からか一向に寝付けなかった。そこへ両隣の男子共のいびきが大音量で鳴り響くもんだからなおさら寝れない。

 全く誰に似たのか、右隣の我が子は5歳にして夫に負けない爆音。しかしその寝顔は天使のように可愛い。その不釣り合いさと伸び伸びとした(さすがにこの爆音は伸び伸びとしすぎか)様子に、思わず笑いが込み上げてくる。

 左を見ればパンツ丸出しで布団も掛けずに寝更ける夫の顔が間近にある。普段家事をやっているときは爽やか美男を名乗っていいほどなのに……結婚前の私に見せたら間違いなく幻滅するだろう。まあ、そのちょっと抜けたところが変わらず可愛いんだけど。

 ふうっと息をつき、そういえば最近可愛い息子に全然構えてなかったことを思い出した。夫は専業主婦をしてくれているから一人にはしていないが、私がいない分寂しい思いをさせているのかもしれない。

 育児休暇を取れたときは、のんびりした時間が流れてたっけ。オレンジのカーテンに透ける光の中で、揺りかごに揺られ、床を這って歩き、掴まり立ちをして、一人で歩けるようになる世界で一番可愛い子。隣でビデオカメラを回しながら、父親としてのあなたと一緒に手に汗握り、成長に涙ぐんで、母親としても成長してきたんだっけ。

 遠いような回想から天井へ意識が戻ってきて、やけに照明の輪郭がぼやけていることに気付く。あれ、こんなはずじゃなかったんだけどな。 

 ぐいと目元を拭うベットの上で、風が更に唸りをあげて大粒の雨を叩きつけた。屋根からも壁からも同じ轟音が襲う。そこへカーテンの隙間から一瞬のフラッシュの後、空が重く轟いた。

 今回の嵐は電力の他にも強風と豪雨で川の氾濫や屋根が剥がれる危険があるらしく、かつ県を跨ぐほど広域的。休む企業は数知らず。1日生産が止まるだけでも被害額は相当になりそうだ。私の勤める会社や街、地域、ないし国にとってはかなり深刻な問題になるのかもしれない。嵐が過ぎ去った後には文字通り、各職場は嵐のような忙しさになるんだろう。

 どっしりとしたため息と同時、ふと思い至る。しかし、まあ。果たしてこの両隣の笑顔を、その被害総額だけで買えたろうか、と。傲慢なようだが、何故だかそう思えてしまった。こののんびりした時間に、私は今とても満たされていた。

 右のふっくらとした小さな手と、左のゴツゴツした大きな手を握りしめる。絡めた左の薬指の根本で、プラチナのリングが徐々に体温に染まっていった。

 この2人との平穏に比べたら、なんとまあ、安い嵐だことか。


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