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うしろの音葉さん  作者: 四条建ル
プロローグ
1/2

プロローグ カレーライス



 腕の中にすっぽりと収まるその身体は、思っていたよりもずっと小さくて、華奢で、嘘のように重さを感じなかった。長い髪が、頭にあてがった俺の腕からするりと流れ落ちる。


 夕暮れ。喧噪はなく、辺りは驚く程静かだった。言葉を失うくらい鮮やかな茜色が街を包み込み、長く伸びた影がコントラストのように映える。


 しかし、それにも劣らぬ色鮮やかな赤が、俺の手を、シャツをゆっくりと染め上げていく。


 ぐったりと身を預けたままの彼女は目を開けず、なにも応えない。


 それでも俺は彼女に向かって叫び続ける。


「音葉……音葉……音葉ってば!!」


 俺の幼馴染み。生まれた時からずっと、兄弟のように一緒だった。


「なあ音葉……起きろよ音葉。目、開けろって……」





 その日、彼女は交通事故に遭った。





 下校中、並んで歩いていた目の前を不意に子猫が横切った。そのまま道を駆けていく子猫を目で追い、「あっ」と思った時にはもうトラックが子猫の目前に迫っていた。


 危ないと、思考はかろうじて追いついていたが、身体は動かなかった。「ダメだろうな」という、ひどく冷めた言葉だけが頭をよぎった。ただ、それだけだった。


 しかし、隣にいた音葉は違った。止める間もなく子猫の後を追って駆けだした。


 考えるよりも、思うよりも早く身体が先に動く。いつだって音葉はそうだった。


 トラックがクラクションをけたたましく響かせ、驚いた子猫が恐怖で身体を硬直させる。


 そこへ、子猫に覆い被さるように音葉が飛び込んでいく。





 ……物語のような奇跡なんて、そう易々とは起こるものではない。





 魔法使いや超人ではない、ごく普通の女子高生にその状況をどうにかする術なんて持ち合わせてはいない。どうにかなるはずなんてなかった。


 ブレーキ音の鳴り響く中、音葉の身体が宙を舞った。


 衝突音は聞こえなかった。いや、聞きたくないという想いが、耳に音として認識させなかっただけなのかもしれない。


 それはほんの一瞬だったはずなのに、音葉が空を舞う時間は、驚く程長く感じられた。


 そして音葉の身体がアスファルトに打ちつけられる。


 それでも、一言も声が出せなかった。


 アスファルトの上で、音葉はうつ伏せたまま動かない。


 呆然と、傍観者のように俺は音葉の姿を眺めていた。


 ふと、音葉の頭部辺りから赤黒い血がアスファルトに溢れでているのを見て、やっとの事で俺は我に返った。


 カバンを投げ捨て、バネ仕掛けの人形のように音葉へと駆ける。


「音葉っ!!」


 その時になってようやく声を出すことが出来た。まるでずっと声を出していなかったかのように、発声は不安定で、痛いくらいにのどがカラカラだった。


 抱き起こした音葉を見て息をのむ。見たことのないほどの血が溢れ出ていた。


 こんなに大量の血が出てしまったら、音葉の身体の血なんてすぐになくなってしまう。そう思うとなぜかひどく悲しくなり、涙が溢れてきた。


「音葉、音葉……音葉……」


 身体を揺さぶる。しかしそれは、ただいたずらに出血を早めるだけだった。


 溢れる血の暖かさを感じるのと同時に、音葉の身体がだんだんと冷たくなっていくのが分かった。


 茜色の世界にあって、音葉の身体だけが白く、生気を失っていく。恐怖にかられ、流れる涙はもうどうしようもなかった。


「お願いだから目を開けてくれよ……なんだよこれ……何なんだよ、これ……」


 失うという恐怖。不意に、なんの前触れもなく、こんなにも唐突に命の終わりとは訪れてしまうのだろうか。あまりにもいきなりすぎる。


 動けなかった自分が恨めしい。なにも出来ない自分が情けない。


 もう……


「音葉、返事しろよ。なあ、音葉ってば!」


 音葉がいってしまう……


 想いが堰を切ったように溢れ、言葉が、思考が追いつかない。


「音葉……音葉……音葉ああああああああああっ!!」





「は~い!」





 その瞬間、時が止まった。


 緊張感のない声。聞きなれた、少し舌ったらずな、幼さを残すしゃべり方。


 背後から聞こえた声に、俺はゆっくりと首を回して振り返る。


「え? おま……」


 俺の腕の中で音葉は動かない。今もどんどん冷たくなっていっている。


 なのに、なのに……振り返ったそこにいたのは、そこに立っていたのは……その、音葉だった。


 いつもの変わらない笑顔でこちらを見つめている。


「え……え……?」


 腕の中の音葉と、後ろの音葉を交互に見やる。


「えええええええええええっ!?」


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