禍害妄想
◆◆◆犯人の自供・1◆◆◆
私がユキを殺しました。はい。そうです。ユキを殺したのは私です。全部話します。何しろ、私は殺したのですから、ユキを。はい。私の単独犯行です。
ナイフを使いました。そうです。現場に残っていたそれです。ユキの胸に突き立っていたそれです。私が刺したのです。私が刺して殺したのです。
はい、そうです。殺した後で、ナイフの柄にユキの指紋をつけました。偽装です。私はそれを自殺に見せかけようとしたのです。最低です。
殺した理由は、簡単なことです。ユキは私のことを愛してくれていなかったからです。他人のものになるくらいなら、この世にないほうが良いと思ったのです。最悪です。そうです。私は最低で最悪な男です。今は、その自覚があります。生きる価値なんてないのに、慣性で転がり続けるゴムボールみたいに、ただ生きている、下らない存在です。死にたいです。死にたいのです。死刑ですか?もし、死刑にならなかったとしても、私は自殺します。でも、自殺するのは、罪を償ってからにします。
◆◆◆犯人の自供・2◆◆◆
僕がユキを殺したのです。ええ。そうですよ。ユキを殺したのは僕です。全て話しましょう。当然ですね、僕は殺したのだから、ユキを。ええ。共犯者はいません。
包丁を使ったのです。それです。現場にあったいたそれです。ユキの心臓に突き立っていたそれです。僕が刺しました。僕が刺し殺したのです。
ええ、その通りです。僕は殺害後、包丁の柄にユキの指紋をつけました。保身ですね。僕は捕まりたくなかったのです。阿呆です。
殺した理由は、下らないことです。僕はユキのことが鬱陶しかったのです。僕は彼女に愛なんて求めちゃいなかったのに。鬱陶しければ、存在を消しましょう、そういうことです。今なら分かります。屑です。そうです。僕は阿呆な上に屑です。今、それがよく分かります。僕こそが死ぬべき存在だったのです。人を殺してのうのうと生き続ける、下種野郎です。殺してください。殺されたいですよ、もう。死刑にしてください。御願いだから、死刑にしてください。贖罪なんて出来ないけど、せめて殺してください。
◆◆◆犯人の自供・3◆◆◆
あたしがユキを殺した。うん。そうね。ユキを殺したのは、あたし。全部話す。だって、あたしは殺したんだから、ユキを。そう。あたしが一人で。
刃物を使った。そう、それね。遺留品のその刃物。ユキのアバラの辺りに刺さっていたそれ。あたしが刺したの。あたしが刺して殺したの。
うん、そうそう。刺殺した後で、刃物にユキの指をくっつけて指紋をつけた。気休めね。そんなのすぐばれるに決まってるに。馬鹿だよね。
動機は、単純なこと。あたしはユキが憎らしかった。私は彼が好きだった。で、ユキは彼に愛されているのに、彼には無関心で、何考えてんだか分かんないような暗いやつにご執心。憎いから殺した。腐ってるよね。うん。あたしは馬鹿が腐敗したような存在なんだ。分かってる。あたしなんて、死ねば良いのに。嫉妬に狂った人殺し。ああ、もううんざり。殺して。ねえ、拳銃、持ってんでしょ、殺してよ。もう、うんざりなの。殺して。殺してよ。あたしを撃ち殺してよ!
◇◇◇刑事達の懊悩・1◇◇◇
「まったく、どうなってやがる。どいつが本当の犯人なんだ……」
「ええ、わけが分かりません……」
「奴ら、お互いに庇いあっているのか?」
「そうかもしれませんし、そうでないかもしれませんね」
「そりゃそうだ」
「彼らの証言を、こうして文章に起こして改めて読んでみると、こいつらは多重人格で、それぞれの人格が自供しているのだ、みたいに思っちゃったりしますよ」
「なるほど。多重人格オチってやつだ」
「まあ、陳腐ですけどね」
「そんな話はいい。嘘をついているのは、誰と誰なんだ」
「あるいは……、三人とも嘘つき……とか」
「勘弁してもらいたいな。犯人はさっさと名乗り出ろ、と」
「いや、名乗り出ては、いるじゃないですか。三人も。むしろ名乗り出てるからこそ問題なんであって」
「そうだったな」
「……警部!被害者の物と思われる、手記が発見されました!」
「何?どこにそんなものが。自宅は隈なく調べたはずだ」
「郵便局です。切手も、あて先も、差出人も書いていない封筒が、届いていたようなのです。局員が中身を確認したところ、不審な内容の文章が書かれており、念のため警察に届けたそうです。筆跡が一致しました」
「どんな内容だ?」
「はい、ここに写しが」
◆◆◆ユキの手記◆◆◆
ごめんなさい。すみません。許してください。どうか。
申し訳ありません。私はもう駄目です。駄目なのです。残念です。
生きていくのが嫌になりました。もう、限界なのです。
私は死ぬことにしました。自殺することにしました。
どうか、勘弁してください。私はもうどうしようもありません。
助けは幾度も求めました。が、誰も気付いてはくれませんでした。
甘えです。甘えなのです。私は周囲に甘えていたのです。
これを書き終わったら、私は死にます。
胸を貫いて、自決します。あと、何文字の命でしょうか。
不思議です。恐怖はありません。寧ろ清々しいです。
死に至る生に、未練はもうありません。
詰まるところ、私一人が霧散したところで、
地球は回り続ける。
馬鹿みたいに。
クルクル。クルクル。
狂狂。
◇◇◇刑事達の懊悩・2◇◇◇
「なんじゃこりゃ!」
「怒鳴らないで下さいよ。オレのせいじゃないです!」
「ちくしょう。どいつもこいつも、馬鹿にしやがって! 死んだ奴にさえ馬鹿にされなきゃならないのか!」
「ところで警部、あのぅ」
「……なによ?」
「この前の、多重人格オチの話ですけどぉ」
「あ? 何の話だ?」
「話したじゃないですか。被害者三人は実は、一人の人間のなかの分離した人格である、みたいな冗談話」
「そういや、そんな話もしたか」
「あれって、実はマジにそうなんじゃないですかね」
「あぁん? 何言ってんだお前」
「実は、彼らは、この被害者のユキという奴の、別人格なんじゃ」
「大丈夫か? お前。疲れて頭に変なもの湧いてるのか?」
「かもしれませんけど」
「しょうがねえなぁ。良いか? 俺たちは、奴らが別々の存在であることを知っているんだ。それを前提に考えろ」
「第三者である僕たちが介入しているから、彼らは別々の確固たる存在である、と」
「面倒くさい言い回しだが、その通り。俺達が観測している限り、奴らは奴らだけの輪で完結させることは出来ない。そんな形で輪が閉じないことを俺達は知っているからだ。俺たちは、奴らが各々独立した人間であることを、知っているからだ。まったく、俺はお前のカウンセラーじゃねぇっつうの」
「警部」
「なんだよ」
「その、オレが……」
◆◆◆犯人の自供・4◆◆◆
オレがユキを殺したんです。すみません、警部。騙していて。ユキを殺したにはオレです。全部吐きます。だってオレは殺したんですから、ユキを。そうです。オレだけで。
現場の遺留品の、あれを使いました。ナイフだか、包丁だか、刃物だか、はは、同じですよね。ユキの胸を貫いた、あれです。オレが刺しました。オレが殺りました。
そう。やったあとで、柄をユキの手で掴ませて、指紋をつけました。刺したときは柄に、タオルを巻いてあったし、ユキの手も血で汚れてはいなかったので、指紋に血が混じることもありませんでした。偽装工作です。まあ、あの程度の工作で本格的に欺けるとは思ってません。時間稼ぎのつもりでした。警察としても、自殺で片付けたほうが簡単でしょうから、そういう思いやりもありました。
動機は、特にありません。いや、一度人を殺してみたかった、というやつでしょうか。オレも警部も職業柄、殺人者と話す機会はありますよね。ありていに言うと、ま、魅了されたんですよ。恍惚として殺害のプロセスを話す、異常者なんかを見ていると、ああオレもやってみたい、って。っふふ。ははは。馬鹿馬鹿しい。意外と、面白くもなんともないですね、人殺しなんて。五月蝿いだけ。オレ、べつにサディストじゃぁないですから、相手が泣き叫んだところで、別に嬉しかぁないですし。
そうですよ! オレは最低で最悪で阿呆で屑で馬鹿が腐ったような奴ですよ! そこまで落ちたのならば、寧ろ最高と言えるじゃないですか! あははははははははは!
自供したあいつらですか? オレが洗脳した、とか言ったら、警部は信じますか? ユキの手記も、オレの天才的な技術で筆跡を装ったとしたら? 警部は信じますか?
信じませんよね! 信じるはずないですよね! それが正解です。そんなのは事実じゃありませんから! ふっふははははは!
警部、貴方はどうする!? どう解釈する!? どうやって輪を閉じる!? これは挑戦です。
◇◇◇刑事の霧散と警部の孤独とその解消◇◇◇
そう叫ぶと、刑事はスーツの内側から拳銃を取り出し、右のこめかみに当てた。
「さあ! 貴方はどうする!?」
パン。
左のこめかみから血煙が上がった。霧状に散ってゆく。崩れ落ちる刑事。
そして、公園の水道みたいな勢いで流れ出す、どす黒いそれが床に広がる。
やたら粘性が高い。アメーバみてえだ、と警部は思った。アメーバをよく知りもしないで。
「ふん。下らない。分かったよ。分かったっての!」警部は叫んだ。そして、床から、まだ細く煙の上がっている拳銃を拾い上げると、一発撃った。白い壁に亀裂が走る。特に意味はない。「ああ、輪を閉じりゃぁ良いんだろ!」もう一発撃った。撃った。撃った。景気付けのクラッカー代わりだ。
「ユキを殺したのは俺だ。そうなんだろう。
くそっ。ユキを殺したのは俺だ。
全部白状しようじゃないか。だって俺は殺したんだからな、ユキを。
そうだ。単独犯だ。凶器はもう説明はいらんだろう。あれだよ。あれだ。
俺が刺して俺が殺して俺が偽装した。そうなんだろう。きっとそうなんだろう。
動機なんか知るか。動機なんて本当のところ、ありゃしないんだろう。
ユキが殺されたという事実がまずそこにあって、その後付として俺が犯人であると。
残念ながら、そういうことらしい。道化だ。俺は道化だ。こんな形で輪を閉じるなんてな。
第三者のつもりだったのに、当事者だったとな。
俺は輪の外にいたつもりなのに、俺も実は輪の中にいたとはな。
皮肉なもんだな。
だってそうだろう?
俺がユキを殺した犯人で、そして俺が殺されたユキで、そして自殺したユキでもあって、つまるところそれが俺だ。みんなユキだ。あいつもあいつもあいつもこいつも、みんなユキなんだろう。
はは。うはは。私も僕もあたしもオレも俺も、みんなユキなんだ。
はいそうです。
私は多重人格なのですね。
僕は気付いた。
あたしだって気付いたよ。
オレなんか俺にそれを気付かせてやった。
さあ、これで輪は閉じたはずだ!」
そして銃声。
血煙。
静寂。
虚無。
それでも地球は回る。それでも世界は世界だ。
◆◇◆夢見た後で◇◆◇
ユキを殺したのは、実は私です。
あの刑事も警部も、疲労と心労が溜まって、壊れてしまったのでしょう。可愛そうに。それも全て私のせいです。
ユキは死にたがっていました。遺書を書いていたのを知っています。
私はユキの自殺を手伝ったのです。一人で死ぬなんて、寂しいじゃないですか。
私は勿論、自首するつもりでしたよ。だから、こうして話しています。
あの三人ですか? ええ、彼らは無罪です。私が頼んだのです。お金を渡して。お金を渡したら、やっぱり問題ですかね。あ、それよりも、捜査を撹乱したことが罪になるのですね。ああ、じゃあお金なんて渡してません。私が、そうしないと家族を皆殺しにするぞ、と脅しつけたのです。そういうことにしておいてください。
何故、カモフラージュする必要があったのか。それはですね、サキ、えっとユキの妹ですが、あご存知でしたか、彼女の10歳の誕生日までは、家にいてやりたかったからです。
サキの誕生日を、祝ってやりたかったのです。それだけです。父親として。
ええ。ユキを失ったのは悲しいです。大切な娘です。サキまでもいなくなったら、たぶん生きていけないでしょう。
それでも、私はもしサキが心から自殺を望んだら、その時は手を貸すつもりです。
生まれてきたものには、死ぬ権利があります。父親として、手伝う義務があります。
そうでしょう、刑事さん。
分かっていただけませんでしたか。
残念です。
ところで、
私と貴方も含めて、ユキの別人格である。
そういう輪の閉じ方は、有り得ますかね。
その考え方を貴方は否定できますかね。主観なんて結構、脆いもんなのですけどね。だからこそ、あの刑事達は壊れたわけじゃないですか。
ねえ。
貴方は何を基準に自分を確固たる位置においているのです?