第六話 むかーし、むかし
「むかーし、むかし。あるところに、小さな竜の里がありました。その里には、黒い鱗に金の瞳を持つ竜の家族がいました」
ゆっくりと語り始めたのは、ラヴァがリクエストしたヨイヅキの過去。目を閉じ、思い出に浸るように、もしくは記憶を掘り起こすかのようにポツリ、ポツリと語られていく。
「うんうん。それで?」
「その竜の一人息子である俺は、愛されながら生活していました。親子喧嘩も無く、屈託無く笑って過ごせる家族でした」
笑顔、かとヨイヅキは思う。長らく心から笑っていない気がする。あの時から、笑い、楽しい等と言った感情が消え失せてしまったように思える。
ラヴァは真剣な顔をしていた。笑うのでもなく、興味なさげな顔をするわけでもなく。
「ある時、父親は傷だらけで帰ってきました。少し飛行操作を間違っただけだ、と母親には説明していましたが、その夜にこっそりと俺に教えてくれたんだ。一人の少女を助けてた、ってな」
きっと、この少女は目の前のラヴァのことであろう。少なからずそう思っている。ヨイヅキに似た竜に助けられた事がある、とラヴァが自ら言ったからだ。もちろん、違う可能性も否定できなくはない。
「その少女を救おうとしたら、運悪く飛行型の魔獣に襲われてた、と。そして、全て追い払ったが、傷だらけになった、ってな」
「それって……」
気が付いたかのようにラヴァが目を見開く。驚いた、のだろう。そんな感情が見られた。
「今なら分かる。それはお前だった、ってな。つくづく、縁があるんだよろうよ」
予想が確信に変わった。嬉しそうに、くすぐったそうに笑ったラヴァの笑顔がほんの少しだけ眩しくて羨ましく思えた。
それと同時に、目の前の人間は家族を兄弟を友を殺した種族と同じである。憎くはないのか? と心の奥で語りかけてくる自分もいる。
「その時にな、教わったんだよ。もし、困ってる人間達がいれば助けてやれ。俺のようにな。騙されるかもしれない、裏切られるかも知れない。それでも、俺は信じている。俺達と他の人間達が共存できる世界を、って。誇らしげに」
その思いを振り払うかのように、自分に言い聞かせながら言った。その時の父親の姿が少しだけ色鮮やかに思い出せた気がした。
もっとも、もう古ぼけて色褪せてしまった記憶の一つであるが。
「だが、それも長くは続かなかった。否、お前達人間からすれば長い時間が経ったのかも知れないな。なにせ、お前はこんなにも成長していたからな」
「おばさんで悪かったですねー」
少し不貞腐れたように、ムスッとしてからじゃれるように言った。本気で怒っていない事は誰にでも分かるだろう。楽しげにも見えるからだ。
「竜の里は見つかった。人間と獣人達に。直ぐに竜狩りが始まったさ。それは地獄のようだった」
「思い出したくもないから、ここだけは勘弁してくれないか?」
一呼吸置いて、少し懇願するようにラヴァに言う。ここからは、思い出したくもない記憶。本当は忘れたかった。消し去りたかった。
だけど、それは叶わない。
果てしなくこびりついて離れない恐怖と人間への恨みはヨイヅキの心を、記憶を鷲掴みにして離さなかった。
「ヨイヅキが嫌なら仕方がないね。じゃぁ、飛ばして飛ばして」
優しく言った。そこには、つまらないなと言うような感情は一切入っていない。慈愛に満ちた顔である。
「そして俺は、長い旅に出た。出会いも別れも無くただ逃げ続けた。俺は臆病だからさ」
「そして、私に会った、と。そうなんだ。それと、ね。みんな、臆病者なんだよ。死にたくない、嫌われたくないから自分を偽り、時には他人を傷つける」
ヨイヅキの言葉の最後をラヴァが締めくくった。話は理解した、とでも言いたげに。そして、おもむろに語り始める。それは、ラヴァにとってヨイヅキに対する願いのように聞こえた。
「ヨイヅキはとっても長く生きる。だって、竜人だもの。今は人間達は悪い方向に歩んでいるかもしれない。でもね、きっと良い方向に戻るときがくるんだよ」
「そんなものなのか?」
ヨイヅキには想像もできないであろう。今、ではなくて未来に願いを託す。それが実現する時には自らが生きていなかったとしても。
「えぇ。そうよ。たった一つの出会いが人生を変えるのだから」
ヨイヅキには、ラヴァが最後に言った言葉が聞き取れなかった。聞き返しても、顔を赤らめて教えてくれないのだ。
「まだまだ、昼にもなってないな。どうする?」
「なら、昼寝しない? 少し眠たくなっちゃった」
片目をつぶり、茶目っ気をだしてラヴァが提案した。ヨイヅキが一人なら考えつくこともない案だったが、たまには良いかと思うヨイヅキであった。