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御者

☆イルグズフが壊滅したらしい。

 その情報を得たのはイルグズフへ向かう途中。商隊は選択を迫られた。

 行先をミルヘルムへと変更するか、アンウェイへと引き返すか。

 決めるのは私では無い。私の様な下っ端はただただ決定に従うだけだ。

 だから、商隊長が引き返す事を選択した時には正直ほっとした。

 引き返す事によって利益を得る所か損失だけが残るのだから、商隊としては苦渋の決断なのだろうけど。

 そんな中幸運だったのは剣聖に出会えた事だろう。

 アンウェイに引き返すにはサフラ河を渡る必要がある。

 行きにサフラ河を渡る時は馬が一頭犠牲になった。

 替わりの馬はイルグズフで補充する予定だったから、剣聖と出会えなければミルヘルムまで向かう判断をした可能性が高かった。

 だから、剣聖が護衛をしてくれると言う事は非常にありがたい。

 実際にサフラ河を渡る祭、河馬擬きをばっさばっさと斬り捨てていた。

 その剣聖は今、先を行く馬車のホロの上に立って周囲を警戒している。

 赤く染められた革鎧と光を反射しない金属製の小手。

 帯びた剣は二振り。長い一振りはその右手に握られ、短い一振りは腰元で鞘に納まっている。

 背を向けているので表情をこちらから伺う事は出来ないが、きっと感情の読めない投げ遣りな笑みなのだろう。

 そう思っていたら、剣聖がこちらを振り向いた。

 やはりその表情は投げ遣りな笑みで、案の定感情はまるで読めない。


「全員で斬りかかれ!」


 剣聖がそう叫ぶのと同時に、護衛として雇った二人が前方の馬車から身を乗り出した。


「ただ肉を斬ってりゃいい。簡単だろ?」


 剣聖が短い一振りを抜いて後方を指した。

 何かが追って来ているのだろうが、御者は振り向けない。

 前方の馬車が速度を上げたのを見てから、私も馬を急き立てる。

 身を乗り出した護衛が弓を構えて矢を放つ。

 後ろから狼の鳴声が聞こえた。


「……貴族連中は取り逃がしたのか? 或いは全滅か」


 次の瞬間、私は信じられない光景を目にした。

 剣聖が馬車から飛び降りた、様だ。

 御者は後ろを見る事が出来ない。

 私に見えたのは剣聖が馬車の上から跳び上がり、私の頭上を飛んで行った事だけだ。

 後ろで悲鳴にも似た狼の鳴声が幾つも聞こえて、剣聖は戻って来た。

 私の頭上を飛び越えて、前方の馬車の上へと降り立ったのだ。

「剣聖、ぱねぇ……」

 思わず声に出してしまった。

 狼は追い払えた様で、前方の馬車が速度を落とし始める。私も馬を落ち着かせる。

 前を見れば雇った護衛二人がぽかんと口を開けて後方を見ていた。

「出番は無いな」

 後ろから諦観を帯びた声で話し掛けられた。

 全身を甲冑に覆われたその男は剣聖の弟子らしい。

 剣聖が弟子を取るなんて、物語の中だけの事だと思っていたんだがな。

 まさか剣聖の弟子に御目に掛かれるとは、それも三人も。

 ん? 剣聖の弟子はぎぎぎ一人だけだ。

 他の二人は助からなぎぎぎ一人だけだ。

「弟子さんよ、私は剣聖みたいな人がそこいらにいる方がおかしいと思うよ?」

「それはそうなんだが、唯一生き残った弟子としてはね」

「生き残ったって、最初は沢山いたのかい?」

「我々は当初十二人で剣聖に弟子入りしたのだ。私以外の十二人は長虫の群体に挑んで死んだ」

「……長虫の群体って、そりゃ剣聖でもきつくないか?」

「剣聖は御一人で全て斬った」

「へえ……剣聖は剣聖って事ですなあ」

 そんな話をしている間に、我々の商会はアンウェイへと帰還した。

 堅牢な防護壁と、門前に並ぶ馬車の列が見えて来た。

 私の馬車がその最後尾に並び、馬達が鼻を鳴らして人心地ついた。


「剣聖、ぱねぇ……」


 剣聖がアンウェイの防護壁を見上げて感嘆の声を漏らす。

 アンウェイは比較的小さな街だが、その防護壁の厚さと高さは王城壁に匹敵する。

 それは交易の中継地点という役割がある故だ。

 王国は険しい山脈に囲まれているが故に大陸で最も攻めにくい国だ。

 その反面外部との交易が難しいと言う問題も抱えている。

 長年干殻と小規模な衝突が繰り返されながらも決して断交しないのは、干殻を介さずに外部との交易を行うのが困難だからだ。

 干殻はその事を十分理解していて、小規模な衝突こそ起こしては王国から援助をせびるのだ。

 私達の様な商業に従事する者達はいっそ干殻を叩きのめして併合して欲しいと思っている。

 そうしない理由は併合したとしても国益にはならないかららしい。

 干殻の領土を維持する手間を考えるなら現状の方がまだましなのだそうだ。

 商隊長から聞いた話を思い出している間に門前へと辿り着いた。

 商隊長が門番に商業免許を提示して入門審査が始まる。

 審査と言ってもそれ程面倒な事は無い。

 精々が積荷と人を軽く見て回る程度だ。

 ……その程度の筈なんだが。

「ちょっと、その馬車の上にいる護ぎぎぎ剣聖ですか!?」

 なんだかちょっとした騒ぎになっている気がする。


「斬っていけない? それは斬れるぞ?」


 剣聖は混乱した声で呟くと、馬車から飛び降りた。

「ああ、剣聖であれば身分証は、あれ? ああ、そうだった。剣聖とその弟子の方は現在街へ入れません」

 門番がどこか困惑した様な仕草で剣聖を引き留めている。

「そこのぎぎぎ剣聖の弟子の方……その紋章は……弟子? 剣聖? ああ、なんであれ、すみませんが一度こちらへ」

 私の後ろでも門番の困惑気味な声が聞こえる。

「構いませんよ。剣聖が入れないのであれば弟子の私も入る訳にはいきませんから」

 剣聖の弟子が温厚な声音で気を使っている。

 剣聖とその弟子が門横の詰所へと歩いて行くと、私達に入街許可が降りた。

 僅かに名残惜しさを感じながら、私達の馬車はアンウェイへと帰還した。





★仕方の無い事だが、情報は常に現実からは遅れて到来する。

 そう、あの情報を早期に得られていたのであれば、最初の防衛がこうも無残に失敗する事は無かった筈だ。

 弟子の存在。

 アレが既に弟子を連れているとは予想出来なかった。

 恐らくは我々の誰もがそうだったのであろう。

 絵本がアレの性質をも固定している以上、アレを認識し得る人への大掛かりな攻撃でアレの動きは鈍る筈だったのだ。

 アレが絵本によって与えられた性質を保持している以上、アレはイルグズフを護る為にその場に留まり続けた筈だったのだ。

 アレがイルグズフを護り切ったとしても、最低でも足止めは出来る。

 そして運よくイルグズフを壊滅させられたのであれば、アレは無人のイルグズフからしばらくの間動けない筈だったのだ。

 弟子の存在がアレの行動に予測されなかった影響を及ぼした。

 観測されない限り存在が曖昧であるアレが、弟子から常時観測されている。

 状況は悪い。

 だが、打つ手が無い訳では無い。

 そう、次の手は打った。

 全ての街にアレを入れさせない様に指示を飛ばした。

 だが、それも完璧では無い。

 情報は常に現実からは遅れて到来するからだ。

 弟子が存在する以上、アレの移動速度は想定を上回ると考えた方がいい。

 イグルズフから帰還した調査員に付いて来た可能性だってある。

 一応アンウェイにも指示を飛ばしはしたが、既にアンウェイより内側へと侵入していると考える方が妥当だろう。

 アレの現在地はジュタか、或いはエルダか、場合によっては王都ヤフラヌか。

 いずれにせよ脅威干渉室は諦めない。

 例え王家が途絶えようとも、脅威干渉室は諦めない。

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