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工作員

☆意味が分からない。

 混乱する頭で現状を整理しようとするが、そんな事は無理なのだ。

 何故なら意味が分からないからだ。

 俺は指示通りに狼煙を上げてイルグズフに向かった。

 当然ミルヘルムから斥候が来る事には警戒していたし、本国からの応援なんざ期待しちゃいなかった。

 それなのに何だってんだこの状況は!?

「剣聖では無い我々では所詮この程度か……」

 俺を支える様にして走る甲冑が悔しげに呟いた。

 割られた貝の紋章をあしらった甲冑。

 本国の正規軍が何故ここにいる? そして何故末端の工作員である俺を助ける?

 そんな疑問は些細な事だ。

 最大の疑問はそんな事じゃない。

 何故、この季節に長虫の群体が発生しているのかと言う事だ。

 長虫の大量発生は夏の風物詩の筈だ。

 春先のこの時期に群体が発生するなんて聞いた事が無い。

 長虫、この辺りじゃ足長と言うのだったか?

 体調五十センチ程の肉食害獣が小規模な集落を食らい尽くすのは稀に聞く話だが、それは干殻国側の話でしかない筈だ。

 少なくとも王国側ではここ数十年群体の発生は確認されていない。

 それは王国が開発した忌避剤の恩恵であり、本国と王国の外交的軋轢の原因でもある。

 この大量発生は強気な対王国外交に関する大きなマイナス要因ともなりそうだ。

 だが、そんな事は外務園の考える事だ。

 俺が今考えるのは生き延びる事。

 余計な事を考えていたせいか木の根に足を取られかけ視界がぐるりと回り、隣を走る甲冑に助けられてどうにか体勢を整える。

「大丈夫だ。群体の規模は小さい」

 甲冑が俺を励ますが、それは逆効果だろう。

 ……あの規模で小さいのか。

 長虫の群体は天に届かんばかりの黒い霧となって立ち込めていた。

 わんわんと響き渡る羽音に混じってばりばりと木を噛み砕く音が聞こえる。

 何故肉食の長虫が木を齧るのかって? そりゃ奴らが馬鹿だからさ! 食べれるかどうかは口に入れてから判断してるのさ!

 その習性のお蔭で奴らの進行速度は速くは無い。

 速くは無いが、決して遅い訳では無い。

 平原よりは相当遅いが、逃げる側の速度だって平地より森林地帯の方が遅くなる。

 ここまで逃げられているのは、犠牲があっての事だ。

「動き始めたか」

 大きな感情の無い声で甲冑が呟いた。

 合流した時には十人居た彼等は今や俺の隣にいる一人だけだ。

 他の九人は、恐らく死んだ。

 一人ずつ群体へと突っ込み、恐らく全員死んだ。

 何故正規軍がその身を挺してまで俺を生かそうとするのか? それは不明だ。

 不明だが、一つ分かっているのはもう後が無い。

「おお!」

 絶望に染まりそうだった俺の横で、甲冑が感嘆の声を上げた。

「剣聖が間に合った!」

 立ち止まり震える甲冑が俺を支えるのを止めたので、俺は木の根に足をとられて盛大に転んだ。

 痛む顔を抑えつつ起き上がると、あの煩かった羽音がぴたりと止んでいた。

 空からばらばらと、何かが降って来る。

 それは細切れにされた長虫の破片だった。

 特徴的な硬い足が、薄緑色の外殻が、玉虫色の複眼が、象牙色の体液が、ぼたぼたと辺り一面に降り注ぐ。


「ちったあ警戒しろ!」


 声がした。

 先程まで長虫の群体が迫っていた方向から、そいつらはこちらに歩いて来た。

 右上半身を食い千切られた甲冑と、腹部に穴を開けた甲冑と、折れた剣をぎぎぎ剣聖が歩いて来た。


「蟲共は意外と美味だな」


 赤く染められた革鎧と光を反射しない金属製の小手。

 帯びた剣は二振り。長い一振りはその右手に握られ、短い一振りは腰元で鞘に納まっている。

 その表情は投げ遣りな笑み。感情はまるで読めない。

 それはまるで絵本の中から出て来た様な――見極めよ――出で立ちで……?

 何だ? 今どこか――見極めよ――で。

 頭が痛――見極めよ――い。

 剣聖が――見極めよ――折れた剣を携えて。

 思考――見極めよ――が

 途――見極めよ――切れ

「貴方も私を見てくれないのだろうね」

 ――見極めよ――

「……折れた、剣」

 視界が赤い。鼻から血が流れ出る感触。何かが頭の中で暴れている。

『おめでとう、対抗文化は無事に刻み込まれた』

 脳裏に反響する言葉、それは誰の言葉だったのだろうか?

 思い出せない、忘れてしまう。忘れた。

 見極めよ。見極めよ。見極めよ。見極めよ。見極めよ――

 俺は、何も感じなくなった。





★壊滅したイルグズフから帰還した調査員が齎した情報は考え得る結末の中で最も悪い結末を示唆していた。

 切り刻まれた無数の長虫と、食われていない死体。

 死因不明の死体を現地で剖検した結果、脳が溶けていた事が判明した。

 同様の死体がミルヘルムの中でも発見されている。

 王国まじない対策室が二体の死体を敵性国からの攻撃であるとして調査しているが、事態はそれより遥かに深刻だ。

 脳の溶解。

 これは対抗文化が機能した結果だ。

 対抗文化が機能した以上、その場所にアレが存在していた事は確実である。

 イルグズフの壊滅は恐らく我々の誰かがアレに仕掛けた攻撃の暴走だ。

 当然の帰結としてその攻撃は失敗した。

 駐ミルヘルム防衛指揮官を介して収集した情報から、幾つかの現実が推測された。

 アレのミルヘルムへの侵入と突破。

 季節外れの長虫はアレをミルヘルムごと葬り去る為の策だったのだろう。

 その策がどういった経緯を経て失敗したのかは不明だ。

 だが、結果としてアレはミルヘルムより内側へと侵入した。

 アレを通さない為の犠牲となる筈だったミルヘルムが無事で、真の防衛線である筈のイルグズフは壊滅し、アレの行方は知れぬ。

 脅威干渉室は最初の防衛に失敗したのだ。

 だが、これで終わりでは無い。

 まだ打てる手はある。

 例え王国民の大半が死に絶えようとも、我々は諦めたりはしない。

 未明にロザリオは崩壊したが、まだ王国は崩壊していない。

 まだ、崩壊していない。

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