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副隊長

☆車両の中を漁って見付けた干芋を食い千切って嘆息する。

 退屈だ。

 周囲に充満する血と肉の匂いが、新鮮さを失いつつあった。

 鋭い鉄の匂いが薄れ、今はただただ生臭い。

 周囲には俺達が切り伏せた星詠の神子の死骸が放置されていた。

 匂いの発生源はこいつらだ。

 青と白を基調とした儀式装束は黒みを帯びた赤に浸食され、その中身の狂信者共は残らず息絶えている。

 干殻国が星詠を非合法組織に指定してからもう半年も経つと言うのに、うじうじと国内に留まっているからこんな目に遭うのだ。

 馬鹿な奴等だ。

「副長、遅くないっすか?」

 不意にニシが声を掛けて来た。

 俺は口の中の干芋を無理矢理嚥下すると、暗緑色を塗りたくった森の方を見た。

 昼間でも薄暗くて陰気臭くて見通しが悪い森だが、鉄色の甲冑はそれなりに目立つ筈だ。

 つまりまだ帰って来る気配すらない。

 非武装の詠み手一人にてこずっていると言えばそれまでなのだが。

「重い甲冑着込んで追い駆けてるからな。貴族様の貧弱な身体じゃ取り逃がすかもな!」

 貴族連中を馬鹿にしたジュドの下品な笑い声に、他の奴等も同調して笑った。

 武勲欲しさに我先にと詠み手を追い駆けた貴族連中は確かに軟弱だが。

「森に入って行った馬鹿共は置いとくとしても熊や狼が出ないとも限らんのだからな! ちったあ警戒しろ!」

 俺が喝を入れると、殆どの奴等が生返事と共に形だけは真面目を装う。

 副長が一番不真面目っすよねとか呟いたニシを殴ってから、俺は追加の干芋を齧って空を見上げた。

 まだ日は高いが、一番高い場所に至っていない。

 貴族連中が日暮れ前に返って来れるかやや不安だが、それでも爽やかな晴れ空なのが幸いか。

 空の高い所を一羽の鳥が悠然と飛んでいた。

 俺もあの鳥みたいに暢気に羽を伸ばしたいものだ。

「副長!」

 ニシが緊張した声音で叫んだ。

 何事かとニシを見るとその視線と指が森を指していた。

 森に視線を向けるとそこには誰ぎぎぎ剣聖と詠み手が立っていた。

 俺を含む全員が剣を抜く。

 鞘走りの心地良い音が幾重にも響き、十五の切先が剣聖と詠み手に向けられた。

「ごぼ……ごぼぼ」

 詠み手が俺達の方を向いて何かを喋った様だが、それは意味のある音にはならずにただ赤い泡となって口から零れ落ちた。

 肋骨が折れて死んだ奴があんな泡を吹いていたが、それと同じならばこいつは瀕死だ。

 良く見ると右手の指がぐちゃぐちゃになっているし、額が大きく凹んでいる。

 青と白の儀式装束は土色に染まっているからどっかで激しく転んだのだろう。

 一方の剣聖はその隣で涼しい顔をして突っ立っていた。

 服装に汚れは無く擦り傷一つ負っている様子は無い。

 奇妙な取り合わせ。そして立っている事が不思議な状態の詠み手。

 だがそれ以上に警戒すべき状況が一つ。

「……貴族連中は取り逃がしたのか? 或いは全滅か」

 脂汗が噴き出るのを自覚しながら剣聖を観察する。

 その立ち姿は自然体だ。

 ただ立っているだけにしか見えないが、その実とても安定している。

 斬り込む隙が無い。

 他の連中も同じ事を感じているのだろう、皆が隙を誘う様にじりじりと動きながらも間合いを詰める事が出来ない。

 直感的に理解していた。ここはもう剣聖の間合いの中だ。

 その姿はニシから聞いた御伽噺の剣聖そのままだった。

 赤く染められた革鎧と光を反射しない金属製の小手。

 帯びた剣は二振り。長い一振りはその右手に握られ、短い一振りは腰元で鞘に納まっている。

 その表情は投げ遣りな笑み。感情はまるで読めない。

 緊迫した空気がひりひりと肌を撫でる。

 剣聖は動かず、俺達は動けず、詠み手はごぼごぼと泡を吹く。

 永遠にも続く様に思えたその状況は剣聖の暢気な一言と共に崩れた。


「……そうですね、剣聖がいて下されば非常に頼もしい」


 視界の端でニシとジュドが脱力したのが見えた。

 実際気の抜ける一言だが、気を抜き過ぎだろうが。

 数泊遅れて詠み手が顔面から倒れた。

 ぶふうと長い息を吐いて、動かなくなる。

 死んだか。

「剣聖! 弟子にして下さい!」

 左右からの同調した声に視線を巡らせると、ニシとジュドが土下座していた。

「何してんだお前ぎぎぎ本気か?」

 その行為は脱走と取られても言い訳できない行為だ。

 確かに剣聖の弟子入りする機会なんて滅多にないだろうが……。

 ああ、そう言えばこいつらナクニ王国出身だったな。あの辺りは剣聖に関する逸話や伝承が矢鱈多い事で有名だ。

 だがそもそも剣聖の弟子なんて簡単に成れる訳が無いだろうに。


「切先は手前で避けろよ?」


「……本気かよ」

 剣聖が弟子を取る事はあるらしいとは知っていたが、そいつらそんなに剣術上手くないぞ?

「剣聖! 弟子にして下さい!」

 は?

 意味不明な唱和に俺の思考は一瞬止まった。

 周囲を見れば間抜けな顔をしているのが二人。きっと俺も同じ顔をしている。

 それ以外は皆土下座していた。


「あれを斬ってみろ」


 そして当然の様にそれを受け入れた剣聖。

 ……確かに俺の隊にはナクニ王国に面した国境付近の出身も多いが、いくらなんでもこれは異常だぎぎぎ力尽くで止めるか。

 俺は愛剣を構え直すと、土下座する一人へと突き込んだ。

 視界の隅で同じ事をする二人が見えた。

 が、次の瞬間俺は車両に激突していた。

 何が起きた? 軋む身体で無理矢理にでも起き上がる。


「キクリ、手本を見せてやる。」


 声の方向を睨み付ける。

 剣聖が斬り伏せた一人を蹴飛ばして悠然と笑っていた。

「あああっ!」

 もう一人が雄叫びを上げながら剣聖に斬り込む。

 相打ち狙いの、気迫の一撃。

 その一振りを剣聖は上半身を軽く捻りながら半歩前に出て躱した。

 回避と踏み込みが統合された完璧な体捌き。

 俺は思わず見入ってしまったが、その芸術的な光景は瞬時に終わってしまった。

 片手で持っている長い一振りの切先をだらりと地面に向けたまま、もう一本の短い一振りを数センチ抜いた。

 俺に見えたのはそこまでだ。

 次の瞬間雄叫びを上げた一人の喉は切り裂かれ鮮血が噴き出る。

 更に二歩踏み込んで返り血を浴びる事を回避した剣聖の腰には、短い一振りが納められていた。

 どちらの剣がそれを成したのか俺には分からなかった。


「もう少し斬って来るか?」


 剣聖が俺に視線を流してそう言った。

 全身が粟立つ様な恐怖に俺は一歩後ずさる。

 だが、逃げ道は無い。

 震える右手を震える左手で抑えて、愛剣を探す。

 ああ――駄目だ。

 振り慣れた愛剣は剣聖の足元に転がっていた。

 視線を剣聖に向けて――目の前に凶暴な笑みが迫っていた。

「おおおお!!?」

 何を避けるのかも分からないまま横っ飛びに避ける。

 視界の端で俺の左腕が飛ぶのが見えた。

 そして地面に落ちる。

 俺の脚が、腰が、胸が。

 俺の頭は剣聖の手にぶら下げられていた。

 いつの間に首を跳ねられたのだろかう?

 ゆらゆらと振れる視界でばらばらにされた俺の身体が散らばっている。

 首の切断面から血がだくだくと流れ落ちているのが妙にはっきりと知覚出来た。

 ふっと視界が遠くなる。

 意識は意外な程はっきりしていた。

 周囲が薄い靄に包まれて、それが徐々に濃くなって。

 俺は死ぬのか。





★ロザリオが黒化してから一時間程が経過した。

 幸いにもアレの発生は王国内では無かった様だが、ミーム計測器はアレが干殻国との緩衝地域で発生した可能性が高い事を示唆している。

 絵本の普及はアレの形態をより強固に固定化する事に成功した。

 だが一方でアレを誘引する因子にもなると、創案者は警告を遺している。

 アレが王国に辿り着いてしまった場合に備えて目の配備はずっと維持されている。

 アレが汚染出来るのはアレを直接的に見た者だけだ。

 真実を知らされていない者を幾重にも介した指示ならば、理論上アレは我々に辿り着く事は出来ないか、そうでなくとも非常に難しい筈だ。

 だからこそ脅威干渉室はその構成員に関する情報をどこにも公開していない。

 例え同じ構成員同士であってもだ。

 私が失敗しても我々の誰かが成功すれば良いのだ。

 我々はアレが再び休眠に入るまで出来る限りの事を成そう。

 我々は可能な限りアレに関する情報を蓄積しよう。

 可能であればアレが休眠する条件を特定するに至るまで。

 だが、それを成すのは今代の我々では無い。

 前回の活性は二百十一年続いたとされる。

 私は脅威干渉室の人事部がどうなっているのかを知らないが、きっと我々の誰かがそれを担っているのだろう。

 我々は互いの成功を信じる。

 そして必ずこの危機を乗り切り、努めを果たすだろう。

 必ず果たす、だろう。

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