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殺威執行部隊隊長

★報告書は殺されました。

 我々は失敗したから殺さなくては。

 恐らく御顕現されたのは全く新しい神威を殺す。

 これまでに例の無いその神威は殺そう。

 恐らくそれは殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺してくれ






☆――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――


「酷いなこりゃ」

 血塗れと言うよりは肉塗れなその報告書は、殆どが読めない上に読める部分は汚染の酷さしか見て取れない。

 その紙切れ同様小屋の中全体が人体の破片や血で染められていて、しかもそれらが腐敗し始めた事で俺は壮絶な悪臭に沈んでいた。

「確かに新しいタイプの神ではある様だね」

 右肩に乗せられた顎を振り払う。

「真面目に仕事をして下さい神偽官殿」

 陰鬱な笑みを浮かべた神偽官は半分以上赤黒い報告書を奪い取ると、辛うじて読める部分に軽く目を通して床に捨てた。

「汚染済みだね。その様子もまた新しい。だがやけに弱い神だなこりゃ」


――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――


 弱い神。

 確かにそうだろう。

 この報告書を書いた誰かは神に逆らっているのだ。

 通常その様な事は不可能だ。

 汚染されるか、されないか。

 神とは抗える存在ではない。

 ただ通り過ぎるのを待つか、身を委ねて溺れる事しか出来ない。

 辛うじて対抗文化を身に着けた奴等だって神を信仰の名の元に誤魔化して正当化しているだけだ。

 俺達の様な外道とは違う。


――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――


「神偽官殿、弱いと言う事はこの神は殺せると言う事か?」

 俺がそう尋ねると、神偽官殿はまあ焦るなと言って悪臭漂う部屋をふらふらと歩き回る。

 外法の外道。殺威執行部隊。通称神殺し。

 俺達にとって神は畏れる存在でも奉る存在でも無い。

 その神は殺せるか殺せないか、俺達はただそれだけを気にしていればいい。

 敬虔な宗教家共の骨と筋を集めて作られた肉鎧に身を包み、銘の無い太刀を腰に佩き、神を殺す。

 十七人の神殺しと一人の神偽官がそれを成す。

 そして今回は、王国が保護していた神威を俺達で殺れる。

 そう思うと顔がにやけるのを抑えられない。


――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――


「まだか?」

 神を殺すのが待ち遠しい。

 俺が急かすと、神偽官は神妙な顔で振り向いた。

「ぎぎぎ……やばいかもね」

 そう言って舌打ちをして、部屋を見渡した。

「何がだ?」

「多分居る」

 一瞬神偽官の言葉の意味が理解出来なかった。

 嫌な寒気を感じて、机の上に突き立ててあった血塗れのペーパーナイフを手にした。


――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――


「この小屋の中にか?」

 神は居る。

 いつだって俺ぎぎぎ達の隣に。

「確証は無いけれど、高確率でこの部屋の中だよ」

 俺は奥歯に仕込んだ丸薬を噛み砕いた。

 えぐい苦みが脳天を貫く。周囲に不審な存在は居ない。

「見えねぇ奴か?」

 まぁ、神なんてのは大抵その部類だが。

「見えない神は居ないさ」


――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――


 神偽官は俺の呟きに対して忌々しそうに反論する。

「神は直視してはいけないというだけで、見えない神等居ない。見てしまえば汚染されるだけで、神は存在する」

 周囲に違和感は無い。

 俺は数歩移動して血塗れのペーパーナイフを壁に突き立てると、手に付いた血を舐めた。

 舌に腐った血の味がじんわりと広がった。

「この部屋で死んでいる神官技師や兵士共はね、多分全員抗っている。だからこんなにも無残で凄惨な有様なんだよ。本気で殺し合いながら必死に致命傷を与える事を避けようとしている」

 そう言って比較的原型を留めている死体を拾い上げた。

「これなんか顕著だ。防御創は見受けられないのに、見える傷の殆どが致命傷では無い」

 その死体の顔はぐちゃぐちゃに潰れていたが、首は比較的綺麗だった。


――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――


「人間は耳をもいでも死なない。鼻を削いでも死なない。目玉をくり抜いても死なない。頬を噛み千切っても死なない。頭皮を引き剥がしても死なない」

 何か違う気もするが、言いたい事は分かる。

 死なないと言うか、それらは全て致命傷としては不確実だ。

「封国内で発生した汚染者もそうだった。最初は苦しめろと唆す神かと思ったが、どうにもそう考えるとどうにも辻褄が合わない」

 潰れた顔と、神偽官の顔が向き合う。

「拷問にしては、加減が無さすぎる」

 何か言っている事が矛盾している気もするけど、概ね理解した。

「この神は殺意自体か、あるいはその象徴」

「恐らくそれが正解」


――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――


 俺の回答に神偽官は死体をぞんざいに床に落として手を叩いた。

「それは厄介だな」

 俺はその言葉を気安く言った積もりだったが、実際には唸る様な声音になっていた。

「だろう?」

 そんな俺に神偽官は肩を竦めて気安くそう言った。

「引き上げるぞ!」

 小屋全体に響く様な声量でそう叫んで、俺と神偽官は駆け出した。

 この神はやばい。その存在が俺達に近すぎる。

 形振り構ってられる状態じゃねぇ。


――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――


「賢明だね」

 神偽官が札を撒きながら俺の後ろを走る。

 俺達は神を殺す事も神に殺される事も気にしないが、神になるのは死んでも御免だ。

「多分この神は王国内で活性化していた神を呑み込んだ人間だろうね。大方その神に恨みを持っていたか何かだろう」

 ああ。そりゃ禁忌中の禁忌だ。

 俺達は神を殺す瞬間だけは無感情に無感動に成る訓練をしているが、それは俺達が神に成らない為だ。

 感情何か持って神を殺せば、現人神に成ってしまう。

「憑いて来やしねぇだろうな?」

 小屋の外に出て、全員が集まるのを待つ。


――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――


「札が有効な事を祈るしかないだろうね。まあ仮にも神だから大丈夫だとは思うが……」

 直ぐに全員が揃う。

「剣聖と神偽官殿を先頭に中継地点まで撤退後禊を行う。二人縦列で俺が殿だ」

 全員が札を撒いて香を纏う厳戒態勢で森林へと分け入る。


「殺す」


 誰かが神を殺り損ねた不満を呟いた。

 褒められた言動ではないが、その気持ちは良く分かる。

 俺もまた未練がましく、小屋を振り返る。

 ああ、殺り損ねた。


――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――


 未練を断ち斬って前を向く。

 十八人分の背中が見えた。

 俺達は次の機会なんて不確実なものがある事を期待してはならない。

 だが、それでも。

 もし次の機会なんて不確実なものに巡り合えたのならば。

「次は……殺そう」

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