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タツサ=ベイ=ガリウライ

 魔剣一極集蟲を手放したのは惜しかった、と思わなくも無い。

 魔王と呼ばれる存在を生み出すかの魔剣は、剣聖を仕留めたついでに手に入れた。

 あれからかれこれ数百年は経つのだろうか? ひょっとしたら数千年かも知れないし、数十年かも知れない。

 何度か封印されていたから時間の流れが若干曖昧だ。

 私はルギャイ様と一緒になりたいだけだったと言うのに、結局自由も故郷も家族も失った。

 分水嶺となったのは身分違いの恋。

 私がルギャイ様を好きにならなければ、ヘクタル家が男爵家でなければ、そんな仮定はもう無意味。

 全ては過去の事。終わってしまって、時の下流に去ってしまった事。

 剣聖とは何か。

 私がそれに気が付いたのは本当に些細な違和感だった。

 初めて剣聖を見た時、私の脳裏に一つの言葉が思い浮かんだ。

「直視してはならない」

 私と他の全てを隔てたのはただそれだけの事だった。

 それから剣聖について調べた。調べ上げた。

 王のみが閲覧可能な文献を密かに漁り、私は一つの秘匿文章に辿り着いた。

 黴臭い書庫の片隅に、私は確かな違和感を覚えた。

「直視させないようにしている」

 その時私の脳裏に浮かんだのはそんな言葉。

 じっとそこを凝視すると、古びた書類が無造作に置かれていた。

 その書類の存在に気付くまで、その一角だけ何も置かれていない不自然さには気付かなかった。

 きっと私には気付きの力があるのだと、その時に悟った。

 そして私は驕った。

 その力に、無条件の自信を得た。

 そうして驕ったまま稚拙な策略を実行に移した罰を、私は今も受けている。

 私の左手は変形し硬質化してしまった。

 それはさながら折れた剣の形。

 私が折れない筈の聖剣を折ってしまったから。

 実体の無い剣聖を、実体化させて殺す。同時に魔王から魔剣を奪う。

 その時は名案だと思った。

 全てを手に入れる筈だったその策略は、見事に失敗した。

 殺されて暴走した聖剣は魔剣を凌駕して、私を誰からも認識されない存在へと変えた。

 私は直視してしまった。剣聖の散り様を。

 そうまでして手に入れた力は万能では無い。

 王国は私の周囲に存在する人間を皆殺しにする事で私の行動を封じ、干殻は私を神格化する事で私の力を封じた。

 その対策方法は秘匿文章に書いてあった通り。

 心の底から崇める事で力を削ぎ、人を遠ざける事でその行動を封じる。

 仕上げに私に関する誤った認識を多くの人が共有する事で、私はいずれ消え去る。

 恐らく三剣を筆頭とした聖遺物はその実例。

 私も剣聖ではなく聖剣になる。

 嫌だ。

 それが酷く嫌だ。

 だから私は何度も帰ろうとした。

 王国へ、王都へ、王城へ、帰ろうとした。

 きっと誰かが受け入れてくれる。

 そんな夢を見ていた。

 でも、結果は無常。

 ついに王城へと辿り着いた私に対して、王族は宝剣を使った。

 あれは本当に危なかった。

 魔剣を囮にして尚、宝剣の影響下に取り残される所だった。

 本当に紙一重だった。

 あの時、王都から遠ざかる人間を見付けられなければ、私は完全に縛られていた。

 私の右手に引かれた人間を見る。

 女。血と埃に塗れたその女の素性は分からないけど、何とか私が行動できる間に捕まえられたのは僥倖だった。

 ただ、とても心の弱い女だった様で、私が浸食する過程で完全に壊れてしまったけれど。

 女は呻き声とも喘ぎ声ともつかない奇妙な音を発するだけの存在になってしまった。

 それでも聖剣は女を人間だと認識しているらしく、或いは女は剣聖を知覚出来る程度には機能しているらしく、私は女を引き連れている間は行動する事が出来る。

 そうやって私は、全てを失ったのだ。

 心の中心にぽっかりと大きな穴が開いている。

 或いは心が折れた。

 私はどうしたらいいのだろう。

 そんな事を考えている内にミルヘルム付近まで辿り着いてしまった。

 これ以上先へは進めない。

 森林は干殻の聖地だ。

 それは剣聖の力が及ばない魔境。

 途方に暮れたまま、それでも人を求めて歩く私の眼の前に、人が現れた。

 王国の兵士の様だ。

 蟲を凌いで生き残った王国民がいたのか?

 ああ。

 ああ。

 分かった気がする。

 このしぶとさが、人間の神髄なのだ。

 あれだけの災禍に見舞われて尚生き残る。

 剣聖を出迎えてくれた兵士達と言葉を交わそうとする。

 相変わらず兵士に私の声は届かないけれど、ここで王国が復活する道を眺めるのも悪くないのかも知れない。

 伝令に走った若い女兵士の後ろ姿を眺めながら、柄にも無くそんな事を思った。

 そんな思いを自覚すると同時に、神格化する事が何故剣聖を封じる手段となるのかが何と無く理解出来た気がする。

 三剣を代表とする人造勇者の痕跡は、きっと残虐な三国を恨んでいた。

 だから、自らを神聖視したただの個人に絆された。

 今の私の様に。

 ああ、私の場合は逆なのかな?

 ただ生きている人達が愛おしい。

 過去の私とは違って、懸命に前を向いて生きている人達が、愛おしい。

 そうだ、私は神になろう。

 ミルヘルムで生き残った人達の――

「殺す」

 ――神、に?

「恨み、晴らす、隊員達の殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――」

 痛い。

「痛い」

 私の胸から、骨が生えて痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

「あああああ」

 兵士が笑顔で短剣を振り上げて――

「痛い!」

「殺そう」

 兵士が優しげに石を握りしめて――

「殺そう」

「ぐげ」

 痛い痛い痛い痛い痛い!

「殺そう」

 痛い嫌だ痛い嫌だ痛い嫌だ痛い嫌だ――

「消えたくな――」

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