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群衆

★私の眼の前で足が一人死んだ。

 私の眼の前でどうと倒れて死んだ。

 光の落ちた目玉が溶解した脳組織に押し出されて不格好に飛び出ている。

「小さく見える粒みたいなのが、第二王子の一行じゃないかな?」

 これがこの足が発した最後の言葉となった。

 外では群衆の歓声が響いている。

 割れんばかりの歓声は全てがアレを歓迎していて、私は前提となった知識が大きく修正を迫られている事を察した。

 歓声の向けられた先に第二王子とアレが居るのだろう。

 第二王子がどうやって我々の存在に辿り着き、どうやって我々ですら把握していない構成員の所在を割り出したのかは分からない。

 少なくとも、それはアレに影響されて辿り着いた状況では無い。そう推測される。

 否、これは希望的観測か?

 どうであれ、私はそれらを乗り切った。

 否、取りこぼされたというべきか。

 私が最近登用された人員であると言う事が大きな要因だろう。

 私は第二王子の情報網から漏れたのだ。そう思いたい。

 現状で私の他に第二王子の情報網から漏れた構成員が存在するのかは不明だ。

 これは脅威対策室の徹底した閉塞性が悪い方向に機能した結果であり、故にこの現象は起こるべくして起きた現象である。

 当然ながら脅威対策室はこの様な構成員同士が極度に分断された、或いは規定を超過した人員不足に陥った状況を想定していて、私はそれらを想定した行動計画に則り活動を継続している。

 しかし……しかし、今私が直面している状況は全てにおいて想定外だ。

 脅威対策室が把握しているアレの特性はそれ程多くは無いが、それでも可能な限り構成員がアレに汚染される可能性を排除している。

 私の眼の前で死んだ足は、構成員である私を生かす為に設けられた手順に基づいて死んだ。

 アレの観測する際の禁止行動は三つ。

 アレの特定呼称を口に出してはならない。

 アレに接触してはならない。

 そして、アレを直視してはならない。

 これらを順守する事は本来ならば簡単だ。無言で、目を閉じて、誰にも触れなければ良い。

 しかし、第二王子が我々を狩るこの現状では困難な事だ。我々は閉じ籠る場所を喪失してしまった。

 だからこそ私は足に命じて、アレを目視によって監視させようとした。

 アレが第二王子と共に王都へと凱旋する事は分かっていた。

 私は対抗文化を刻んだ足にアレの凱旋を監視させる事で、アレの接近を確実に把握しようとしたのだ。

 理想はアレと行き違いになる事だった。

 アレが王都に侵入した事を確認した後、私は王都を去る。

 そのままイルグズフへと逃れる。

 アレと入れ違いに逃走する事こそ私が、我々が生き残る最善の手段だったのだ。

 だが、現実は非常だった。

 アレを直視してはならない。

 私は直視がどこまでの状況を含むのかを正確に把握していなかった。

 足の対抗文化は恐らく足がアレをその視界に収めた瞬間に発動した。

 距離は推定数十キロ。

 遥か彼方に見える、形すら判別できないであろう遠方のアレを直視した足は、アレを直視したと言う自覚がないまま死んだ。

 甘かったのだ。

 我々が把握しているアレの汚染条件は甘かったのだ。

 足がその命を捧げて発見した新たなアレの汚染条件は、私が逃げ延びる確率を絶望的なまでに下げた。

 少なくともアレは、数十キロ先の小さな粒程度の認識でも汚染を引き起こす。

 アレをアレだと認識していなくても、視界に侵入した時点で影響する。

 アレが我々の網をすり抜ける様にして動き回れたのも、きっとこの甘い認識が齎した結果なのだろう。

 だが、それでも、私は生き延びなければならない。

 私は上着を脱ぐと、ナイフでそれを細く裂いた。

 直視の範囲が反則的なまでに広いのであれば、見えなくすればよい。

 恐らく王都は完全に汚染された。

 大勢の国民が形すら識別できない遠方のアレに汚染され、汚染された者達が汚染を広げる最悪の展開。

 しかしまだ成せる事はある。

 私は足の死体から衣服を剥ぎ取る。

 この足は僅かな金銭で雇った乞食だ。

 擦り切れる寸前の不潔な服からは悪臭が漂うが、今はこれが必要なのだ。

 普段なら触る事すら躊躇する服を纏う。

 これで汚染された者から接触される可能性を下げる事が出来る。

 床に積もった砂埃を拾い丹念に頭髪へとすり込む。

 ナイフで死体の腹を裂き、流れ出た血と砂埃を混ぜた物を顔へと塗りたくる。

 その過程で良い感じに手も汚れた。

 仕上げに最初に割いた上着に血を染み込ませ、私は座った。

 直ぐには動けない。

 待つのは十分程で良い。

 ある程度血が乾いてくれさえすれば、それで良い。

 アレと第二王子の凱旋に沸き立つ王都では私に関わろうとする者は少ないだろう。

 統治局の連中も、多少血生臭い乞食に構っている余裕は無い筈だ。

 冷静に、冷静に逃げるのだ。

 どの門からだって構わない。とにかく王都を抜けるのだ。

 王都は入る者には厳しいが、出る者には注意を払わない。

 王都から出てしまえば私が逃げ延びられる可能性は一気に増す。

 王都に背を向け、視野にも入れない。

 私は生き残る。何としてでも、生き残るのだ。

 ……だが、一つだけ不安がある。

 私は、自身に対抗文化が刻まれているのかどうかを知らない。

 刻まれていれば良いのだ。

 私に対抗文化が刻まれているのであれば、こうやって生きている内はアレの汚染を受けていないのだから。

 恐ろしいのは私が既にアレの汚染を受けていると言う可能性が否定出来ないと言う点。

 私は脳を完全に破壊する事を伴う自害方法を所持していない。

 それはとても、不安だ。






☆むかしむかしのことです。まだナクニおうこくにひとりの剣聖がいました。

 剣聖は剣聖なので、剣聖だったのです。

 あるひ剣聖はおうさまにいわれました。

「わるい魔王をこらしめてきておくれ」

 おうさまからのたのみならよろこんで。

 剣聖はひとりわるい魔王をこらしめにたびだちました。

 あざやかなたびしょうぞくのうえからせいばいしたりゅうのかわでこさえたよろいをきこんで、おうさまからいただいたかげいろのこてとにほんのけんをみにつけた剣聖は、もんばんにみおくられてわるい魔王のすむもりへとたびだちました。

 剣聖は剣聖だから、たちはだかるわるい魔王のてしたばったばったとをたおしていきます。

 ながいけんはむかってくるてしたのうでをきり、みじかいけんはにげるてしたのあしをきりました。

 そして剣聖はわるい魔王のしろにたどりつきました。

 わるい魔王はつよかったけれど、剣聖はわるい魔王よりつよかったのです。

 よいこがにかいねるあいだずっとたたかいつづけた剣聖とわるい魔王でしたが、ついに剣聖にきられてこらしめられました。

 そして剣聖は、そらにのぼってほしになりました。

 おしまい。

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