『スペルバ』
「彼がいるから大丈夫なんだよ、」
這い出す蠍の尾。現れたのは、巨大な蠍であった。
スペルバの持つ圧倒的な力を前にレンは…。
奏者レンとスペルバキエナの物語。
運命の出会い。
ずぐぁぁ――――ん・・・・
「なんだ?! 」
地震か、と身構える。
「心配ないよ、ゲリラだ。」
「はいっ? 」
スタッフが腰をかがめて言う。先ほどお世話になった、フォードさんだ。
「あの、ゲリラって大丈夫な範囲ですか? 」
ぽかーんとするレンの横で、アスミはまた汗を拭っている。
気に弱い彼の顔色は、すでに血の気が引いて紙のように白い。
ちょっと可哀想なくらいだ。
「ここら辺は、紛争地帯だからね。政府の物資輸送中にゲリラが襲ってくるのはよくあることだよ。」
「え、襲われてるんですか俺たち!! 」
たしかに地鳴りは続いているし、前方、砂丘の下方200メートルくらいで粉塵が上がっている。
が、襲われているのだとすれば遠すぎる。
「アレ、見えるかい。彼がいるから心配ないんだよ」
「あれ・・・? 」
強い陽の光を浴びて巨体の影が濃く浮かび上がる。
鋼鉄よりもさらに強靭な鋏。装甲車をまるで薄い紙のように容易く切り裂く。
「さ、サソリっ」
「スコルピオーネ、・・・あれがバクシンだよ。」
誰かが言う。
だが、レンの耳には届かない。固唾を飲んで、目の前の出来事を見守るしかない。砂漠の暑い風が頬を撫でた。
火の玉が雨のように降り注ぐ。銃弾の集中砲火。
しかし、サソリの甲殻は、それを物ともしない。
漆黒に輝くサソリ。
鞭のようにしなる尾が振り下ろされる。
「圧倒的、ですね。」
「あれが我々のボディーガード、――スペルバのキエナと、バクシンだよ。」
「へぇ・・・ってことは、俺の担当か」
「くじけたかい? 」
「まさか、」
だって、まだ会ってもいない。
キエナのお陰ですぐにゲリラは壊滅した。
のは、いいのだが・・・。
一仕事終えたキエナがキャラバンに戻ってきたのは、数分後。
頭からすっぽり日除けのフードを被っているせいで、その顔は伺えない。
細い顎のライン、覗く口元は整っている。
若い。
キエナの纏う空気からレンは、直感的にそう感じた。
「あれが、・・・」
俺のスペルバ。
割と近くにいたらしい。しっかりした足取りで近づいてくる。
「お帰りキエナ! 」
「さすがだなぁ」
出迎えのスタッフたちが口々に労いの言葉をかける中、無言のアスミがレンの脇を通り抜けた。
神経質そうな眉が跳ね上がる。
「いったいどういうつもりだ・・・」
「え、」
(アスミさん? )
「キエナ! 」
呟いたかと思えば、声を張り上げて憤然とキエナの前に立つ。
「・・・・」
無言のキエナ。
呆気にとられてスタッフたちも一歩退いてしまう。
「どういうつもりなんだ! こんなことしてっ」
「・・・なに? 」
「やりすぎだキエナ、見なさいあれを・・・!! 」
指差すのは、戦場。
いや、もうもうたる黒炎に包まれた地獄絵図だ。
「前にも言っただろう、もう忘れたの? 君のやり方は、ひどすぎる。もっと敵が近かったらどうする! 味方にも被害が出るだろ!! 」
「あぁ」
「そうですか」とでも言いたげに、生意気に顎を反らすキエナ。そのまま、さっさと歩きだしてしまう。
アスミの横をすり抜けていく。
「待ちなさい! キエナ、・・・ここまでしなくても追い払うだけで良かったはずだよ。分かってるね」
たしかにアスミの言う通りだ。
だが、アスミはバクシンの悪魔のような破壊力を嫌っている。
憎しみにも似た怒りの眼差し。
肩を掴もうと延ばした手を、振り払う。
「うるさい! 」
「・・・!! 」
振り返ったキエナは、牙をむく。
「俺の仕事は、ゲリラの掃討だったはず。違うかアスミ? 」
「・・・そう、だ」
「ならこれで終わりだ。」
ふんっと鼻を鳴らす。
「キエナっ」
(うぁっこっち来んじゃん! )
アスミをかわしたキエナ。レンの真正面に向かってくる。
「・・・・あ、」
「あの~。」とか、呑気に声をかけられる雰囲気でもない。
完全に空気が悪い。
アスミから紹介してほしかったが、今「新しい奏者です」なんて言ったらキエナに噛みつかれそうだ。
「待ちなさいキエナ、まだ話は終わってないよ」
「文句があるなら自分で止めてみろ! あんた奏者だろ、」
決定的だ。
二人の間の不信感は、レンにも痛いほど伝わってきた。
(うっ、仲悪すぎだろぉ・・・)
無言で苦虫を噛み潰すしかないアスミ。キエナは、もう彼を振りかえらない。
その足がピタッと止まる。
何のことはない。レンが進行方向に立っていただけ。
ちらっと見上げてくる赤い瞳。視線が合った。
フードの造る影の中でも分かる、闇をも焼き尽くす鮮烈な赤――。
「・・・・? 」
「あ、お疲れ様、キエナ。俺は、レン・クライミースト。アスミさんから聞いてるかな。新任の奏者だ。」
よろしく、と言おうとするレンを遮ってキエナが言う。
「アスミ、辞めるの? 」
「えっと」
「ふぅん」と呟くキエナの表情は、相変わらず伺えない。
「キエナ、」
「俺に奏者は必要ない。あんたもアスミと一緒に帰れ。」
「は・・・? 」
淡々と言いたいことだけ言うとキエナは、レンの横をすり抜ける。
「・・・え・・ファーストコンタクト、失敗? 」
少年の背を見つめて、蒼天に溜息をつく。
「レンくん、」
ドンマイ、とスタッフたちが生温かい視線を送ってくれる。
「俺、なんか怒らせるようなことしましたかね、」
「いや、タイミングが、ね? 」
(だよなー・・・。)
アスミもいつの間にかどこかへ行ってしまった。
「あの二人っていつも、あんな感じなんですか? 」
「う~ん、」
フォードさんの後ろから、キツネ顔のスタッフが気の毒そうに教えてくれる。
「そうだよ。二人は、なんていうか合わないんだよね、ソリが。どっちが悪いってわけでもないんだよなぁ。」
「なんなんですか、それ・・・」
とんでもないところに来てしまったようだ。
to be continued...?
やっと出会う(笑)
二人の物語の始まりですね。