『偉い人が言うことには』
神々を鎮める力を持つ“奏者”レンと、神をその身に宿す“スペルバ”キエナの物語。
二人の出会い編。
・【スペルバ】…『スペルバウンド』、呪文に縛られた者を語源とする。その身に神を宿す者。
・【バクシン】…地に縛られた神の意。契約により人に縛られた神の総称。
・【奏者】…音楽によって猛獣さえ鎮めたというオルフェウスより。荒ぶる神を鎮める力を持つ者
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・【スペルバ】…『スペルバウンド』、呪文に縛られた者を語源とする。その身に神を宿す者。
・【バクシン】…地に縛られた神の意。契約により人に縛られた神の総称。
・【奏者】…音楽によって猛獣さえ鎮めたというオルフェウスより。荒ぶる神を鎮める力を持つ者。
・【ガイラルディア】…テンニンギクを紋章に関する非政府機関。あらゆる霊障を一挙に引き受ける。世界各国に支部がありスペルバや奏者を数多く要している。
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「うぁぁ~・・・」
暑い。
砂漠についた感想は、とにかく「暑い」だ。
残酷な太陽は、旅人にも容赦ない。
二つあるような太陽が、砂を全て赤く焼いてしまったらしい。
その代わり影だけは、くっきりと濃い。
レン・クライミーストは、焼けた砂を踏みしめて目に沁みるほど青い空を見上げた。
「よし、やるぜ! 」とは、口にしなくてもこの陽気のせいか、気分は高揚している。
「ここに、俺のスペルバがいるわけか。」
『偉い人が言うことには』
麗らかな昼下がり、世界の静寂とは程遠い運命の岐路に立たされた青年が一人。
「ちょっとね、君に頼みたいことがあるんだよ。」
ヒゲの偉い人は、そう言った。
「迎えに行く? 」
青年は、深緑の瞳を瞬いた。
ここは、ガイラルディアの数ある支部の一つ。
割と簡素な造りの所長室だ。
早くも嫌な空気を察して、青年は肩を落としてマホガニーの署長机を眺めた。
なんだか知らないが、飴色の机上には書類と共にピーナッツの殻がすでに山を造っている。
「そう。」
やたらクマに似たおじさん、もとい、所長が続ける。
「現地でスカウトした子がいるんだけどね、未だに砂漠に引きこもってるんだよ。ガイラルディア本部がうるさくてねぇ。せめて、一回この拠点に連れてきてくれないかな。」
「その子が、僕の・・・」
「うん、君に担当してほしい子。」
事も無げに言ってくれますよね。
誰もが聞いたことのある有名な砂漠だ。そりゃもう過酷なところで有名な。
エライ人は、ごつい指先で器用にピーナツの殻を剥いていく。
「君、砂漠好きでしょう」
「え? そんなこと一言も」
「えーっ、キライなの? でもさ、良いとこだよ? 一度行ってみなよ。人生観変わっちゃうかもよ。」
「はぁ、(変わりたくないな・・・。)」
乗り気でないレンの空気を悟ったのか、エライ人は両の指を組んで一息ついた。
「前任者の奏者ね、アスミくんがねぇ異動することになっちゃってさ。向こうも早く君に会いたがってると思うよー? 」
「スペルバが、ですか? 」
そんなに歓迎ムードなのか。
「いや、他のスタッフが。」
ばりっとピーナッツの砕ける音が響く。
「え・・・」
「ま、そもそも問題のないスペルバだったら奏者なんていらないでしょう。」
言いきるなよ。
エライ人は、自分の爪を見ながら言った。
「ともかく早く来てほしいって。君、頼りにされてるんだよ。」
「スタッフに、ですか。」
「うん。」
ガイラルディアには、バクシンを宿すスペルバに、神力に耐性のある専門家・奏者が在籍している。
他に、彼らの身の回りの世話をしたり、仕事がしやすいよう働いてくれたりする人たちが数多くいる。
それが、スタッフと呼ばれる一般業務の人員だ。
世界各国を飛びまわるスペルバには、現地サポーターに、通訳、コーディネーター、切符を手配してくれるたくさんのスタッフの協力が必要なのだ。
「アスミくん次は、インド地方に行くって言ってたな。砂漠を発ったその足で行きたいそうでね、彼も真面目な男なんだがね。」
「随分急ぐんですね。本当に僕と入れ替わりですか。」
2、3日か、長くても1、2週間程度しか間があかない気がする。
「急な人事ですね。なにか問題でもあったんですか、」
「いや、希望人事。」
「え? 」
「前から異動したいって言ってね、後任者がいたらすぐにでもって話だったんだよ。そこに、君だ! 」
「は、はぁ・・・」
びしっと、太い指を差されても嬉しくない。
「行ってらっしゃい、奏者――レン・クライミ―ストくん。」
「はい、」
辞令は、下った。
運命の歯車が回り出す。
止めることは、誰にもできない。
* * * * *
前任者、アスミ・リスタークは、おどおどした線の細い男だった。
(こりゃ頼りない・・・)
疲れたサラリーマンみたいに目に生気がない。
そして、彼曰く担当するスペルバは、「悪魔だ。悪魔のような子だよ! 」だ、そうだ。
話によると、スペルバは問題行動ばかり起こしているらしい。
アスミは、アスミで、言うことを聞かないスペルバにひどくプライドを傷つけられていた。
20代後半くらいの神経質そうな男だった。
「よく来てくれたねレンくん! 」
飛行機を乗り継いでようやくついた辺境の国。
更に、砂漠の街――フェイズを出て車で揺られること2時間余り。ようやくキャラバンに追いついた。
砂漠の太陽は、容赦なく肌に突き刺さる。
「ああ、ハイ、どうも。えっと・・・」
額の汗が、さすがの侯青年レンの笑顔すら曇らせた。その間も続くスタッフからの熱烈握手に戸惑いつつも一行に視線を走らせる。
ひっくり返っても平気そうな車に、物資を運ぶトラック数台の中規模キャラバンだ。
今は、休息中なのか、スタッフらしい男たちがうろうろしている。
「アスミくん! アスミくん、レンくんが来てくれたよ」
岩のような大男が、これまた大声で叫ぶ。
「ほら、あそこにいるのがアスミくんだよ、詳しいことは彼に聞くといい。」
にかっと笑う。日焼けした顔は、たくましい農夫を思わせる。スタッフ、フォードさんは、どうやら良い人らしい。
「ありがとう、」
黒髪、黒い瞳のどこか神経質そうな男がやってくる。
(なんだろ、負のオーラが出てるな。)
レンがそう思うのも仕方がない。
「よく来てくれたね、アスミです。遠いところまで御苦労さま。」
「レン・クライミ―ストです。よろしく、」
握手を交わしてほほ笑む表情は、明らかに疲れていた。
「レンくん、暑いのは平気? 」
「え、」
「僕は、どうもこの気候が苦手でね、砂漠は性に合わないみたいなんだ。」
白い額に浮く汗をハンカチで拭う。
「それで異動を? 」
体調を崩しているのなら仕方ない、と思った瞬間。アスミは、苦い顔をした。
「いや、それだけじゃないんだ。問題なのはスペルバだ。」
「と、いうと? 」
同情の色を瞳に浮かべたアスミは、ゆっくり首を横に振った。
「彼を信用しちゃダメだ、悪魔のように狡猾だからね。」
「は? 自分のスペルバなのにですか? 」
つい口調がきつくなってしまう。アスミは、うろたえたようだ。
「・・・き、君のために言ってるんだよ。とにかく普通じゃないから、彼は。」
「そんなに怖い奴なんですか、」
「君、資料は見た? 」
「見ましたよ。一応・・・」
エライ人こと、リュパ所長のくれた資料には本当に簡単なことしか書かれていなかったのだが。
「写真は無かったけど」
「そうだろうね。スペルバの史料は極秘事項。写真が載っているものは、本部にしかないよ。」
「そうですか。」
奏者にくらいは、渡しても良いと思うのだが。信用されていないのだろうか、とレンは内心首をひねる。
「どうしたの? 」
「いや、俺のもらった資料ってなんか、メモ書き程度で。」
「ああ、気にしなくて良いよ。そんなもんだから。」
世界各地を飛び回るスペルバたち。万が一にも個人情報が出回れば、思わぬところで命の危険に晒されるかもしれない。
ガイラルディアは、彼らの安全に配慮している。
組織を抜けた後もその資料は、厳重に保管され、表に出ることはない。
「なんか綺麗事ですね、やっぱり。」
あのタヌキ親父もいっしょだ。
表は立派で綺麗。けれど、中身は打算と計算に溢れている。
「え? 」
「あ、いや、そう思いませんか。結局、他人に情報をあげたくないだけでしょ。」
「若いね、君は。」
アスミは苦笑した。
「スペルバがお金になるって知ってるかい。」
「他の機関だとかにヘッドハンティングされないようにってことですか? 」
「ガイラルディアにとってスペルバは、高額な猛獣だよ。誰かに横取りされたり、逃げられる訳にはいかないんだろう。」
「・・・猛獣だなんて。それじゃあ奏者は管理人とでも言うんですか。」
相手は、人間なはずだ。
レンの不信感も意に介さず、アスミは疲れた顔で続ける。
「いいや、調教師さ。そう思うだろ? 言うことを聞かない獣にガイラルディアは首輪をつけることを望んでいる。」
「まるでサーカスだ。」
「ああ、そうだね。サーカスだよ。」
「暑い」と、また汗を拭うアスミ。
あまり日に焼けない肌が、ここには不似合い。
「世界中を飛び回って興行している。さしずめスペルバは、トラや、ライオンだね。僕らの役目が分かるだろ。」
「スペルバは、人間ですよ。」
「例えだよ、気を悪くしないでほしいな。」
「・・・」
「まぁ、キエナの場合は本人が写真、嫌がっただけなんじゃないかな。」
「え~・・・・結局、どんな子なんですか」
「うん、会えば分かるよ。」
言って、なぜかアスミは遠くの方を見つめた。
to be continued...
『Cross-spirit.』
略して『クロスピ』の第一話です。別場所にて連載していたものです。
シリアス&異能力でちょっとダークな部分もある…ハラハラしたりワクワクしたりしてもらえるような小説を書きたいものです。




