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「クソッ、タイミング悪過ぎるだろうが……」


 抱えられた状態で自分の体を検分したディゼリオは、腰に巻いているベルトのうちの一本が焼け焦げた断面を見せて千切れているのを把握し、オドロスの魔法をその身に受けた時にベルトが破損し、あのタイミングでナイフが落ちたのだと理解する。

 だがそれでも、いざその場から離脱しようというその時にエゼロスの目の前で、刃毀れしていると一目で分かる距離に落ちたのは不運としか言い様が無かった。


「…………」


 そんなディゼリオを抱えたシャネオリアが、静かに彼の事を見ているのに気付き、顔を上げる。


「……お前さ、笑ってる?」

「ああ、笑ってるぞ。愉快な気分に浸っている」


 その口の端が僅かに……ほんの僅かに持ち上がっているのに気付き、そしてそれが気のせいではない事を本人からの返答で確信する。


「何がおかしいんだよ……」


 自分のシャネオリアに対する洞察力が確かな上昇を果たしているという実感と、自分が何故か笑われているという事に対する釈然としない気持ちが混じり合い、溜め息混じりに吐き出される。返答は「別に」という、答えになっていないそっけないもの。

 だが彼の胸の中に不愉快さはない。代わりに中にあるのは感慨深さ。頭の中では遠い昔の、だが決して忘れる事のできない光景が浮かんでいた。


 ディゼリオはエゼロスに、シャネオリアに関わる過去の全てを語った訳ではなかった。

 シャネオリアの扱いについて議会が紛糾し、話を聞く限りでは完全なる被害者でしかない彼女を抹殺しようという意見が大多数を占めた理由。そして彼女の殺戮衝動の原因のもう一つの理由については、意図的に黙っていた。


「お前も少し……いや、大分変わったよ」

「そうか? 私は特にそう思わないが」

「いいや、間違いなく変わったね」


 例えいくら洞察力が上がったとしても、無い物を読み取る事はできない。シャネオリアの顔に浮かぶ表情が皆無から、限りなく無に近いものに変化したからこそ気付けたのだ。


 その事に対する感慨深さに浸ると共に、頭の中に浮かんでいた記憶を思い返す。当時のディゼリオは、協会からとある任務を請け負っていた。


 同じ任務を受けた者は多数おり、数十人からなる腕利きの魔術師でチームを組み、事に当たった。今よりも魔術の発展は未熟であったとはいえ、決して難しい任務にはならない筈だと思っていた。

 だが蓋を開けてみれば、たった一人の標的に苦戦を強いられ、味方はまた一人、また一人と殺され倒れていった。

 ディゼリオも何十回と殺されては生き返り、標的の追跡を再開して追いついては殺されを繰り返し、ついに最後の一人となった後にも更に数十回殺された果てに、ようやく標的を追い詰める事に成功した。


『お前は一体、何がしたかったんだ……?』


 記憶の中で過去のディゼリオが、いつでもトドメを刺せるよう術具を手にした状態で標的の少女を詰問する。

 相手は全身血塗れで背を壁に預けた状態で腰掛け、生きているのもやっとな状態。拙いために魔獣術による変異が不完全な四肢のうち半分が切断され、千切られて転がっている。胸から腹に掛けて走った傷は致命傷で、如何に頑健な肉体を持つ魔獣術師であっても遠くない先に死が訪れる。

 それでもその相手は、憎悪に染まった表情でディゼリオを睨んでいた。


『何がしたかったか、だと……? そんなものは、決まっている……』


 協会から告げられていた情報によれば、少女は極めて凶悪な魔獣術師であり、独学に近い稚拙な魔獣術しか使えないのにも関わらず街を丸々一つ廃墟に変えた事を皮切りに、老若男女を問わずに夥しい数の人を殺すという強行を繰り返し、更に今までに差し向けられた協会からの追手の魔術師の全てを返り討ちにしていた。


人と魔獣の両方おまえらとあいつらを、滅ぼしてやりたかったんだよ……』


 まだまだ幼いにも関わらず、多くの者の目を惹くであろう可愛らしさと綺麗さが同居した顔を歪め、見た目に似合わない怨嗟の言葉を吐き捨てる。

 しかしそれが限界だったのか、激しく咳き込んで血を吐き、輝く白銀色の髪を染め上げる。蒼穹さえ霞むような青い瞳は伏せられ、徐々に光を失って行く。


『人と魔獣……どっちでもあって、どっちにもなれないなら、その両方を壊し尽くしてやれば良い。そうすれば、私は私になれるんだ……』


 それでも憎悪は欠片たりとも鈍らず、むしろその禍々しさを増して行く。死に瀕しているのは間違いないのに、とてもそのようには見えない。


『世界を……私を身勝手な理由で生み出したこの世界を、滅茶苦茶に壊し尽くしてやりたかった……』

『……そうか』


 少女の発した狂人の言葉でしかない筈のそれは、ディゼリオの中に不思議な事にしっくりと落ちていった。当然の事だった。


『俺もそう思うよ』


 それは彼が、人ならざる不死性を身に着けさせられた・・・・・・・・・時に抱いた想いと全く同じ物だったのだから。


『世界がどれだけ偉いのかは知らないが、俺の、そしてお前の人生を狂わせる権利なんかある筈がない』


 ディゼリオは気付けばトドメ用の魔導術を解除し、代わりに治療用の術具を使い、相手を治療していた。

 少女は死ぬ筈だった自分を、高価な術具を惜しみなく使い手当てする相手の行為に気を取られながらも、続く言葉に耳を傾けていた。


『もしそれが許されるってんなら、俺たちの為に世界を滅ぼしてやろうぜ。きっとそれは、正しい事なんだからな』


 手当てが終わり、手を差し出す。直前まで殺し合っていた相手の手が酷く魅力的に見え、気付けば少女はその手を取っていた。


『名前は?』

『……無い』

『なら、そうだな……』


 憑き物が落ちたように、的確に憎悪を表現していた顔が無表情に変化して行くのを見ながら、頭を回転させる。


『……シャネオリア、お前はシャネオリアだ』

『シャネオリア……』

『俺の名前はディゼリオ=ディクシーズ・ディクシオン。ディズって呼んでくれ。お前なら構わない』


 シャネオリアの表情に感情は浮かばない。ただしそれは正の感情の話だった。

 生まれてからそれらを抱く機会さえ無く、ただひたすらに憎しみと悪意を育んで来た彼女は、それらを表す方法しか知らない。例え怒っても悲しんでも、そこに憎悪が混じらねば顔に表す事ができない。


 そのシャネオリアが、ようやく感情を正しく表に出す事ができた――その事がディゼリオには、自分の事のように嬉しく思えていた。


「見付けたぞ!」


 そんな雰囲気に水を差すように、彼らの後方から懲罰魔術師たちが迫る。

 振り向いて彼らの姿を確認し、続けて手に捕縛用だったり、精密射撃が可能な術具が握られているのを見て、顔面を蒼白に変えて行く。


「しゃ、シャオ! もっと速度を上げろ! さもなくば捕まるぞ!」

「捕まるのはお前で、私はおそらく捕まらないと思うが……」


 反論はしつつも、言葉どおり更に速度を上げて懲罰魔術師たちとの距離を広げる。しかし一度追いつかれた為に、中々振り払う事ができない。

 更にディゼリオにとって最悪な事に、懲罰魔術師の一人が上空に信号を打ち上げた事により、各方向に散っていた他の懲罰魔術師たちが彼の元に殺到していた。さすがのシャネオリアも、それ程の数をディゼリオを抱えた状態で、傷つけずに脱出するのは不可能である。

 そして万が一危害を加えれば、また別件でシャネオリアも粛清対象になりかねない為、彼女は抵抗はできない。その事に気付いたディゼリオの顔に、絶望が浮かぶ。


「ただ働きなんざ死んでもゴメンだぁああああああああッ!!」


 ディゼリオの絶叫が、森の中に虚しく響いて行った。











これにてこの話は完結となります。お付き合い頂き誠にありがとうございました。

この作品自体は、明確な目的がない事や世界観などを考慮すればいくらでも話を作れそうな気はするのですが、書き始めればキリがないと思いました為、一端完結となりましたが、気が向けば適当に続きを書いて投稿するかもしれません。もしその時がありましたらよろしくお願いします。


以下、作品に関する簡単な説明。



元々この作品は、筆者の拙作である「災厄の寵児」という作品用のネタを本編に組み込めず、かといってそのまま没にするのは勿体無いと思い、書いた作品でした。そのため魔術の設定やら、主人公のキャラや特性などはそこまで深く練っていなかったり、今作に輸入する折に世界観に適応し切れなかったりしている為、粗があるかもしれませんが、大目に見て頂けるとありがたいです。

具体的にどのネタが本編にどんな感じで登場する予定だったのかについては、蛇足として次話に投稿しようと思いますのでよろしければそちらをご覧ください。




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