④
オドロスが咆哮を上げる。安眠を妨げられた事に対する怒りに染まり、下手人と思しき眼前に立つ小さな存在に眼光を向け、感情の激発に逆らう事なく前足を持ち上げて叩き付ける。
地面に亀裂が入り、土煙が音と共に巻き上げられる。一瞬だけ視界が遮られる中、手応えが無い事に気付く。
直後に視界の端に動く影を見付け、即座に前足を振るうも、やはり手応えは無い。その感覚を裏付けるように、煙幕の中からシャネオリアが飛び出し、オドロスを見上げる。
「…………」
オドロスの頭は急速に冷めて行き、代わりに二十年以上も前の記憶が蘇り、警戒心が喚起される。
小さな存在と侮り、結果として頭の片方を失う事となった苦い記憶。森の獣たちの大半が睨んだだけで怯えて身を竦め、前足の一振りで狩り取れる中で、それよりも体躯で劣る者が怯えも見せず、攻撃を躱すばかりか、闘志すら宿して立つ姿。オドロスにはそれが、かつての戦った相手たちとの姿に重なって見えていた。
災害指定されているオドロスは、決して知能が低い訳ではない。傷を負い、それが癒えた後に報復を仕掛けなかったのも、再び行動を起こせば自分が死ぬと予測したが故の事。その知能を発揮して、眼前のシャネオリアを狩るべき獲物から警戒すべき相手と認識し、意識を改める。
四肢に力を込めて体勢を低くして行く。今度は怒りではなく、闘争心に染め上げた咆哮を上げて突進。横に跳ねて回避したシャネオリアを右の首が追って、口腔に炎を宿す。それが放たれる直前に、シャネオリアが再度跳ね、横から頭部を蹴り飛ばす。
衝撃で明後日の方向に逸れた口から、炎が放射状に吐き出される。離れた位置に立っていた筈の懲罰魔術師たちでさえ感じ取れる熱波が、虚空を舐め尽くす。
頭部を戻し、シャネオリアを見るオドロスの目には驚愕。一切の魔術も使わない、単純な体術のみで首の方向を捻じ曲げられた事は、魔獣にとっても初めての経験だった。
「やっぱり駄目か……」
対するシャネオリアは、落胆したように呟く。彼女の蹴りは確かに炎を逸らす事には成功したものの、その分厚い毛皮と強靭な筋肉に阻まれ、魔獣自体には一切ダメージを与えられていなかった。
その分析を裏付けるように、彼女へ鉤爪が襲い掛かる。跳んで回避し、代わりに背後にあった樹木がバラバラに引き裂かれる。
木っ端の紗幕の向こう側で、魔獣が魔法を構築。右の頭部の眼前に大量の拳大の光球が発生。それらが一斉に伸び、無数の光線となって周囲を薙ぎ払う。
「退避!」
一瞬早くエゼロスの指示が間に合い、崖の縁に立っていた魔術師たちが素早く後退し、巻き添えを喰らう事を防ぐ。彼らほど高い能力を持たないディゼリオが、逃げ遅れて心臓を貫かれ即死。直後に復活。
「痛ってえなクソっ! つか、魔獣の使う魔法は相変わらず規格外過ぎんだろ」
魔獣術や魔導術が生み出されるよりも前に、人間が自身の魔力で展開する術式によって発動されるものは、一般的に魔法と呼ばれていた。魔術とは違い、一切合財を自身の魔力によって運用する為に、個々人で威力や規模の差が大きく、また全体的に魔術と比較して酷く弱いという特徴があった。
それでも人を殺すのには十分過ぎるため、人間同士の戦争では非常に重宝されたが、人間よりも強靭な生命力と頑強な肉体を持つ魔獣には効果が薄く、大きな成果を望めなかった為に、現在では廃れつつある技術でもある。
そんな魔法だが、何も使えるのは人類だけではない。突如として現れた魔獣たちもまた、その身に膨大な魔力を宿しているが故に、それを用いて魔法を展開する事を可能としている。
人間と魔獣の魔法に、大きな違いはない。ただし数少ない違いである、威力と規模に関しては文字通り桁が違う。
先程のオドロスの発動した魔法も、本来ならばその半分程度の大きさの光球を、一つ生み出す程度のもの。だがそれだけでも、文字通り光速で放たれる光線は、人間を葬るのに十分過ぎる威力を発揮する。
そしてオドロスは、それよりも規模の大きなものを、何百倍もの数で同時展開できる。オドロスだけに限らず、多数の魔獣と人間にはそれだけの差が存在する。人類が魔獣を相手に劣勢下にある最たる理由の一つでもある。
しかしそれだけの物量を前にしても、シャネオリアの行動は変わらない。自分に当たるであろう光線のみを素早く選別し、最小の動きで回避。隙間を縫って接近し、今度は顎に強烈な打撃を加える。
「何という……」
懲罰魔術師の誰かが、思わずそんな言葉を漏らす。
それに続く言葉は幾つも考えられる。だが回りに居た魔術師たちの全員が同じ言葉を頭の中に浮かべ、また同じ思いを共有する。
彼らとて、協会に属する全魔術師たちの中でも、上から数えたほうが圧倒的に早い実力を持った、正真正銘の精鋭集団だ。彼ら自身、それだけの厳しい訓練と実戦を潜り抜けて来たという自負がある。
だが、一切の術具も持たずに災害指定個体を相手に、ここまで対抗できる者が果たしてどれ程いるだろうか。
例え相手が手負いである事を差し引いたとしても、単純に回避し逃げ回る事でさえも、困難極まりない。ましてや攻撃を掻い潜り、反撃まで可能とする事がどれほど難しいかは、論じるまでもない。
確かに魔獣術師の身体能力は魔導術師と比較して、全体的に高い傾向にある。それは魔術の特性故に前衛をこなす事が多い為、そうなるのは必然的とも言える。だがあくまで人の身である以上は、発揮できるのは人間の範疇を超える事は無い。
それに対して、シャネオリアの身体能力はずば抜けていた。人間離れしていると言っても良いだろう。
よしんば、身体強化の魔法を使用しているのであれば、まだ分からなくもない。だがシャネオリアは、一切の魔法さえも使っていなかった。
そんな芸当を可能にしている……その事実が、彼女を粛清対象として見ていた懲罰魔術師たちの内心に、ある種の感動を抱かせていた。
「おおっ!?」
鉤爪によって鋭利な断面を見せる木枝を拾い上げ、槍のように構えたシャネオリアが跳躍。オドロスの目に突き入れられ、血と共に観戦者たちが感嘆の声を上げる。
しかし、いくら人間離れしていると言っても、根本的に肉体的な差異が余りにも大き過ぎた。
次に上がった声は、誰のものなのか。
苦痛の咆哮を上げながらオドロスが前足を動かし、顔に張り付いていたシャネオリアを弾き飛ばされた時、悲鳴にも近い声が上がる。ただそれだけの動作で、彼女の体は弾丸のように飛ばされ、木々を圧し折り地に転がる。
「大したものだ。まともにぶつかっていれば、大きな被害は免れなかっただろう」
「皮肉か?」
声を掛けて来るエゼロスに、ディゼリオは棘のある言葉を返す。戻って来るのは否定の言葉。
「いや、素直な感想だ。事前情報として一級以上の実力を誇るという事は聞いていたが、術具も無しにここまで戦えるというのは完全に予想外だった。これでその体質さえなければ、協会にとって大きな力となってだろう」
「その割には過去形で語ってるじゃねえさ」
「残念ではあるが、もはや趨勢は決した。それは見て分かると思うが?」
エゼロスの視線の先のシャネオリアは、骨が折れて内臓が傷ついたのか、咳き込み喀血している。
傍目に見ても継戦は困難であり、あとは嬲り殺しにされる未来しか見えない。その事に対して、落胆の声さえも聞こえて来ていた。
「馬鹿言え」
唯一ディゼリオのみが、その状況にあっても笑い飛ばす。
「あの程度で、あいつが終わりな訳あるかよ。むしろここからが本番だっての」
「……それは一体、どういう意味だろうか?」
強がりなのか、それとも真剣に言っているのか判断しかねる言葉に聞き返す。
「すぐに分かる」
さっきの意趣返しと言わんばかりに笑ってみせるのと、シャネオリアが身を起こすのは同時の事。
左腕は骨折によってだらりと垂ら下がり、体もダメージの大きさを表すようにふらつき、立っているのが精一杯というのが見て取れる。
それでもシャネオリアは表情を変えない。死が迫っている事に対する恐怖心も、戦いに対する高揚感さえも覚えているか曖昧な無表情のまま、淡々と槍代わりに使った木枝を持ち上げ、先端を口に含む。
「番狼の血晶」
紡がれた呪言に宿った魔力が無数の糸となり、木枝の先端に付着していた魔獣の血に溶け込み、構成を変化させる。
そのまま血が嚥下された直後に折れていた腕が修復され始め、あっという間に元通りとなる。さらに陶器のような肌の上を、赤と黒の二色の毛皮が覆っていく。優に二回りは太くなり、五指の先端には鋭くはないものの太く強靭な鉤爪が生える。
変異は腕だけではなく、外から見える首筋や顔にも及んでおり、衣類に隠れた体の大部分にも同様の変異をきたしている為、人間の素肌と獣の毛皮とが入り混じった、半人半獣とでも言うべき風貌となっている。
「――ォォォォオオオオオオオオオオッ!!」
喉奥から搾り出されて大気を震わせる咆哮は、それまでの静かな声音とは比べ物にならぬほど力強く、そして禍々しさを感じさせるもの。魔力を帯びたそれらが砂礫を巻き上げ、対抗するように上げられたオドロスの咆哮により霧散。激突音が響き、魔獣の巨体が浮かぶ。
地を割り砕く強烈な踏み込みからの拳が胴体に打ち込まれた結果だったが、その威力は変異前の彼女の打撃とは桁違いだった。
何が起こったのかを理解できず、魔獣が目を白黒させる。無防備となったその頬に、腰を回転させた第二撃が叩き込まれる。衝撃で牙が砕け、血混じりの唾液と共に地面に散乱する。
術具の齎す圧倒的な身体能力によって生み出される超打撃は、オドロスの長い生の中でも初めて経験するもの。高い知能を持つが故に未知の事態に対して混乱を来たし、それが更なる隙を生む。その隙を逃さず、シャネオリアが追撃を叩き込む。
「馬鹿な、あり得ない……」
エゼロスが眼下で起こった出来事に対して、呆然としたように声を漏らす。その間にも事態は目まぐるしく動き、シャネオリアに強烈な蹴りを叩き込まれ、魔獣が大きく吹っ飛ばされ、地響きと共に転がる。
ようやく遅まきながらに、自分が陥っている状況を把握したオドロスが、怒りの咆哮と共に魔法を展開。魔獣の前方に不可視の衝撃波が放たれ、地盤を削りながらシャネオリアを呑み込む。
それを肉体の頑強さと再生力で無理やり耐え切り、濛々と上がる土煙を切り裂いて突貫。その進行を妨げるように魔獣の眼前に障壁が何重にも張られるが、一撃の正拳によって全てが粉砕。その奥の鼻っ柱にまで拳が届き、また魔獣を吹き飛ばす。
それは常識から余りにも懸け離れており、確かにあり得ないという感想を抱くより他はない。だがエゼロスが漏らしたその言葉は、その光景から零れ出たものでは断じて無い。
「……一体どういう事か、よろしければ説明願いたい」
「どういう事も何も、見たまんまの事だろうが。オドロスの血を使って、魔獣術を使った。ただそれだけの事だ」
「それがどういう事なのかを、説明して頂きたい」
口調こそは冷静だったが、内心では動揺が広がっていた。それだけ彼にとって、シャネオリアが魔獣術を行使した事があり得ないからだ。
「確かに事前情報として、シャネオリア殿が如何なる術具に対しても類稀な適性を示すという事は知っている。だがそれはあくまで、術具に対しての話の筈だ」
術具とは魔獣の特定部位を加工する事によって、初めて完成する。この加工とは、魔獣の秘める力の安定性と人に対する親和性を高める処置を施すという行為であり、それをせずに魔術を行使する事は自殺と変わらないと言っても過言ではない。
仮に魔獣の部位を術具に加工せずに用いようとすれば、内部に宿る人に対する親和性を持たない力は取り込んだ魔術師を内部から喰い破ろうと荒れ狂い、九割以上の魔術師が凄惨な死を遂げる事になる。それでも余程相性の良い魔獣の部位であるならば、それを抑え込む事自体は可能だろう。だが仮にそれができたとしても、不安定な魔力を体に宿した為に碌にそれを操る事もできず、無意味に弱体化した一般人以下の非戦闘員ができ上がる事となる。
しかしシャネオリアに、そのような兆候は見られない。取り込んだ筈の魔獣の魔力は一切外に出ずに抑え込まれているばかりか、確実に彼女の力となっていた
「本当に知りたいのか?」
「……ああ。我々が知る事に対して、規律に抵触する事が無いのであれば」
一転して神妙に問い返すディゼリオに、自分が個人的好奇心からではなく、本当にそれを知るべきだと思っているのかを逡巡し、首肯する。
「……新暦以前、旧暦末期には、魔獣に対抗する為にあらゆる手段が模索された。その中には今の倫理観に照らし合わせれば、忌むべきような事も存亡の危機という大義名分の下に正しい行為と認識されて行われた。所謂、人体実験という代物もな」
「つまり、彼女はその時行われた実験の生き残りであると?」
「半分ってところだな」
誰でも行き着けるであろう解答だけでは足りないと、ディゼリオは言葉を重ねる。
「人体実験という行為そのものは唾棄されるべきものだったが、それに目を瞑れば、成果という点では申し分無かった。成功した検体だけを見れば、魔術師と同等かそれ以上の戦力が手に入ったんだからな。協会が設立されてからも一部の連中からすれば魅力的な手段として映り、またそれ故に幾度となく行われて来ていた」
「…………」
エゼロスを始めとした、周囲の魔術師たちの何人かがそれを聞き、苦々しい表情を浮かべる。そうした違法な手段に手を染めた、協会に属していない者たちを粛正するのもまた彼らの役割であり、実際今までに何度も行って来た為に。
そして皮肉なのは、そうしたものに手を出す者の大半が、決まって彼らのような国において権力を握った立場の者たちなのだ。
魔術の研究やそれを扱う者の育成を独占に近い状態に置いている一方で、どの国にも属さず、それでいて国の上位の立場の者ですら頭を下げざる得ない相手となっている協会は、そういった者たちからすれば邪魔者以外の何者でもない。そして彼らがそうした立場に甘んじざるを得ないのは、魔獣に対する戦力を協会が抱えている為だ。勿論中には協会に属さない、所謂野良魔術師といった者も居るが、そういった者は少数派であり、協会に対抗するには質も量も足りていない。
そうした状況を打破したいと考えた者が、人体実験という手法に飛び付くのは自明の理と言えた。
ではシャネオリアは、そうした現代における人体実験の被験者の生き残りなのか。
さすがに安直にそう考えるような者はおらず、ディゼリオが続きを語るのを静かに待つ。
「そしてそれらの成果を魅力的なものとしてみるのは、協会も変わらない」
「なっ――!?」
ディゼリオの言葉の意味、それを理解した魔術師たちが色めき立つ。続けて出鱈目を言うなと詰め寄ろうとして、エゼロスに止められる。彼の内心も穏やかではなかったが、一方で納得もあった。
「……協会の目的は、魔獣に対抗する事。その手段として人体実験という手を取る事は、決してあり得ない話ではないという事か」
「付け加えるなら、粛正の折にそういった成果の接収もできるからな。協会こそが一番進んだ人体実験の技術を持っていると言っても良い。実験を行う土壌としては最適だった」
既にその場の全員が理解していた。シャネオリアは協会の手によって行われた、人体実験の被害者であると。
同時にエゼロスは理解する。ディゼリオがわざわざ知ろうとした事に対して、念押しをして来たその意図を。そして今回の任務の意図を。
「では、シャネオリア殿を粛正せよという命は――」
「勘違いするなよ」
言葉を遮り、エゼロスがしているであろう早とちりを訂正する。
「確かにシャオの存在をが、協会にとって無かった事にしておきたいものとして扱われているのは事実だ。だが、何も建前を使ってまで闇に葬ろうとまで考えるほどの事でもねえ。あくまで加担していたのは協会の一部の連中のみで、全員がそうという訳じゃねえからな。第一、本当にそういう存在だと認知されているなら、俺らに理事の後ろ盾が付く訳ないだろ」
協会理事は協会における最高権力者であり、協会の方針は基本的に彼らの話し合いによって決められる。
ディゼリオとシャネオリアの二人が、少なくとも表面上は受け入れられている最大の理由は、彼らの後見人としてその理事の一人が付いている事にあった。そしてそれは、シャネオリアの存在の隠滅が、協会の総意でないという事の裏付けでもある。
「だから単純に、お前らに任務を与えたのは、協会の理念を尊重した上での事だと思うぜ。誰が下した命令かまでは知らねえから、あくまで推測止まりだがな」
「…………」
言われてエゼロスは、今回の指令を下した人物を思い浮かべる。
シャネオリアの存在を容認しないと明言したのは事実だが、常日頃から無辜の一般人を第一に考え、そして行動に移すと共に、自他を問わず厳格な態度を崩さない人物。それが偽りのものであるとは考え辛く、ディゼリオの推測が正しいと漠然とした勘ではあるが考えていた。
(……何か引っ掛かるな)
話し終えたところで、明確には言葉にできない漠然とした違和感を覚え、ディゼリオは志向の海に沈み込む。
彼の頭の中にある推測と、実際に協会内部で起きた流れは殆ど変わらないだろう。その一方で、何か前提を履き違えているかのような、あるいはボタンを掛け違えているかのような、そんなモヤモヤとした形容し難い違和感が拭い切れないでいた。
「ディゼリオ殿、失礼でなければもう一つ伺いたい」
「……何だ?」
声を掛けられ、海の中から引き摺り上げられた事により、それ以上考える事を止める。そんなディゼリオの思考を知らずに、視線だけは優勢のまま戦いを継続しているシャネオリアを見据え、微かな緊張を孕んだ声音で問いかける。
「シャネオリア殿は……彼女は一体、どのような施術を受けたのだ?」
掟破りの者たちを数多罰して来た彼は、彼女と同じように禁忌とされる手段の被害者を何人も見て来た。しかしその中の誰一人として、シャネオリアと同様の芸当を可能とした者は居ない。
「機密事項であるというのならば、話して頂く必要は――」
「いや、別に隠すような事でもない」
ディゼリオが逡巡するのを見て、遠回しに質問を撤回しようとして、否定される。そしてその言葉通り、シャネオリアの詳細について、取り立てて吹聴していないだけであって、機密指定自体はされていない。
それでも彼が逡巡したのは、相棒のプライベートな事情を許可なく勝手に話しても良いものなのかを迷った為であり、そして問題があるようならばあとで謝罪すれば良いという結論に落ち着く。
(上手く行けば、こいつを引き込めるかもしれねえしな)
立場と性格上、表立って味方するとはとても思えないが、事情を知ればいずれどこかで便宜を図ってくれるかもしれない……そういう思惑もあった。
「ただその前に、訂正を一つ。シャオの奴は別に、人体実験の被験者って訳じゃない。被験者だったのは、シャオの母親の方だ」
被害者ではあれど、直接的に実験体とされた訳ではないという訂正。その訂正に対して、何かしらの反応を示す前に、先を続ける。
「幾多の魔獣と人間を母体に、この世に産み落とされた混濁の子……それがシャオだ」