③
協会が組織である以上、当然ながら規則というものが存在する。ランク分けされた術具の取り扱いなどはその最たる例で、それらを破れば、それに応じた罰則が課される。
大抵は無報酬での任務遂行、あるいは所属箇所に応じた奉仕作業など、比較的軽いものが大半を占めるが、ある一定のラインを越えた場合はその限りではなく、懲罰部隊が派遣される事となる。
懲罰部隊とは、規律を犯した魔術師を相手にする事を専門にする集団の総称であり、そこに属する魔術師たちは総じて懲罰魔術師と呼ばれる。
望んでも簡単に就ける役職ではなく、三級以上の階級を持った魔術師である事と、規則を重んじる厳格な人物であるという事の二点をクリアした魔術師にのみ、協会上層部から勧誘の声が掛かる。それを受諾した場合、対魔術師の戦闘法と集団戦における連携、そして懲罰魔術師としての心得を徹底的に叩き込まれ、それらを乗り越えて初めて懲罰魔術師を名乗る事が許される。
その厳しい道を歩んだ実力は本物で、同級の懲罰魔術師と魔術師が戦った場合、必ず前者が勝つとまで言われる程である。
それに加えて協会の全面的な支援により、高性能な装備を支給された魔術師たちが高度な連携で群れとなり、例え地獄の果てに逃げようとも必ず追い掛けて来る懲罰部隊は、協会に属しているかどうかを問わず全ての魔術師たちにとって恐怖の象徴であり、同時にほぼ全ての魔術師から忌み嫌われている集団でもある。
「かつての師に牙を剥くかよ。飼い犬に手を噛まれた気分だ、クソったれ。ついでに言えば、てめえらに追い掛けられる覚えもねえな!」
「でしょうな。私たちが用があるのはディゼリオ殿ではなく、貴殿の相棒殿であり、必要さえ無ければ基本的に危害を加えるつもりはない」
視線をシャネオリカの方に向け、ただしと付け加える。
「仮に禁を犯した場合は、例え貴殿であっても容赦するつもりは無いが……おおっと」
エゼロスと呼ばれた男の言動と雰囲気から、その男こそが指揮官に値する立場の者であろうと判断したシャネオリアが、拘束を力任せに突破し、奇襲を仕掛けようとする。
だが僅かな挙動からその目論見を看破したエゼロスが、一足先に懐から金色の縦長の瞳孔を持った眼球を取り出し、瞳を押さえ付けられたままのディゼリオへと向ける。
「妙な真似はしないでもらおうか、シャネオリア二級魔獣術師殿。もし貴女が抵抗しようとすれば、その時点で我々は彼に対してこの術具を使用させて頂く」
「アホかてめえ。俺が人質足り得ると本気で思ってんのか? シャオ、逃げられんならさっさと逃げろ」
ディゼリオのその台詞は、決して彼に人質としての価値が無いという意味では無い。少なくとも人質になってしまった場合、判断に迷ってくれるぐらいの信頼関係は、自惚れではなく築けていると思っている。
間違っているのは前提条件であり、絶対に死なないディゼリオは、相手が要求に従わなかった場合殺すという人質として必要不可欠な資質が決定的に欠けているのだ。
そんなディゼリオの言葉を聞いても尚、エゼロスの表情に焦りは浮かばず、一方でディゼリオの言葉を理解するかのように肯定する。
「確かに、普通ならば無いだろう。だが、この術具はゴルネイオスの目だ。こう言えば、意味を理解してくれるだろうか?」
「ゴル――ッ!?」
ディゼリオが思わず、言葉を紡げなくなってしまう程の衝撃を与えるほどの意味を、その言葉は孕んでいた。
災害指定個体ゴルネイオスは、歴代に数度しか確認されていない、その目で見たものを完全に石に変える力を持った魔獣である。
見たものを石化させる力を持った魔獣は他にも何体も存在するが、ゴルネイオスの石化の力が厄介なところは、その石化速度が尋常では無いほど早いという点と、石化した者の治療法が未だ見付かっていないという事の二点にある。
幸いにして、その石化の魔眼の力はカルマンのアミュレットを始めとした一部の高位の術具を身に付ける事で防げる事が判明しているが、その術具を現在ディゼリオは身に付けていなかった。
そして彼のその特異な不死性は、石化の前では無力だ。何故ならただ石になるというだけであり、死ぬ訳ではないためだ。死ななければ彼は復活できず、また身体の異常がリセットされる事も無い。
「なんつうもんを持ち出してんだ」
Sランクに認定されると同時に、第一種禁忌術具にも指定されている代物だ。
そういった術具の所持や使用も認められるのが懲罰魔術師の特権でもあったが、たかが一個人に対して使うのは度が過ぎている。
「禁を犯した魔術師を罰するのが、我々の責務だ。与えられし任は如何なる手段を用いてでも遂行するべし。それがかつて師であった、貴殿の言葉だ」
「シャオの存在は黙認されてる筈だろうが」
「あくまで非公式の対応であり、理事会において過半数を得た訳ではない。ましてや、いつ爆発するかも分からぬ爆弾など、捨て置く訳にもいかない」
憤りを感じさせる、かつての師の言葉に対して、微塵も罪悪感を感じさせない揺らがぬ意志。それを明確に感じ取ったディゼリオが奥歯を噛み締める。
しかし、それ以上口を開くような事はしなかった。客観的な立場で見てみれば、正しいのは相手の方であるのは、火を見るよりも明らかな事実だ。
(何か、何か手がある筈だ……)
しかしそれを理解していても、ディゼリオに諦めて受け入れるという選択肢は無い。
彼が諦めた時点で、シャネオリアの行き着く末路が死と確定する。それだけは何としてでも避けねばならぬ事態であり、そうせねばならない事情があった。
(エゼロス=オルク・ノーリアス、魔笛歴二百四十六年生まれの二十七歳。肩書きは準一級魔導術師兼、懲罰魔術師部隊長)
状況を打開する手掛かりを模索するべく、頭の中に叩き込んである、エゼロスに関する調査報告書に書いてあった情報を列挙。
(王国の新興貴族である、ノーリアス伯爵家の元三男。誇り高い性格で融通が利かず、成り上がりの家の出であるが、収賄を始めとした裏取引には一切応じない。そして目的を達する為ならば、如何なる手段も厭わない……クソッ、誰だこんな風に育て上げやがったのは!)
思い返せば思い返すほど、追い詰められている事を再確認するプロフィールに悪態を吐く。直後に、そういう風に育てたのは他でもない自分であると思い出し、再び悪態を吐く。
(部下は類似した出自の者が多いものの、求心力は極めて高く、彼の決定に逆らう事はない。協会の規則には忠実であり、また古いしきたりを重んじる……これだ!)
「エゼロス準一級魔導術師。提案がある」
「聞くつもりは――」
「協会規則第十三条」
ディゼリオがその言葉を口にした瞬間、ハッキリとその眉が不愉快そうに顰められる。対するディゼリオは、してやったりという笑みを浮かべる。
彼が口にした協会規則とは、数ある項目の中でもかなり古いものであり、協会創設当時より度々発生した違反者に対する温情措置である。
それは規則違反を行った者に、指定された魔獣を単身で討伐させる事を条件に、その違反を無効とするというもの。ただし規則の適用自体は違反者の希望に則られるが、対象の魔獣の指定は協会側に委ねられる上に、違反者は一切の魔術具の持ち込みを禁止される。極めて厳しい条件ではあるが、それぐらいの事を達成できる者だからこそ、如何なる規則違反も無効とするという特典があるのだ。
(だが、この地で用意できる魔獣に、それ程強力なやつはいねえ……)
そんな規則を持ち出したのは、当然勝算があっての事。
エゼロスの性格を考えれば、設立当時より存在しているこの規則を拒否する事は無い。そして受諾したからには当然討伐対象の魔獣を提示しなければならないが、生憎彼らの居る南方に、然程強力な魔獣は確認されていない。
強いて言うならば、直前に討伐したゴラエスぐらいだろうが、それはあくまで例外に当たる。ゴラエスのような、災害指定級の魔獣が指定される事はまずあり得ないだろうというのが、ディゼリオの考えだった。
(災害指定級の魔獣でなければ、例え術具の持ち込みができなかろうが、シャオなら勝てる……!)
そんなディゼリオの考えは、無責任な信頼から来るものではなく、確たる根拠を持ち合わせた信用から来るもの。
術具が無ければ、人間よりも遥かに強大な力を持つ魔獣に単身で勝つのは、ほぼ不可能というのが魔術師たちの大半に共通した見解である。例え魔獣術師が魔導術師と比較して、身体能力が高い事が多い事を鑑みても、やはり結論は同じである。
その話はディゼリオも知っていた。知った上でそれでも、彼はシャネオリアが勝つと確信していた。
勿論、シャネオリアを葬りたいエゼロスからすれば少しでも強い魔獣を用意したい為、討伐場の変更を提案する事も可能ではある。そしてそれを提案された場合、シャネオリアは拒む事はできない。それが規則だからだ。
だが場所を変えようとすれば、それだけ余計な日数が掛かる事となる。そして存在を黙認されているシャネオリアの始末に下手に時間を掛けすぎれば、容認している派閥からの、横槍という名の妨害を受けかねない。それはエゼロスにとっても望むところではない。
だからこそ、エゼロスはディゼリオの案を呑まざる得ないだろうと、彼は会心の笑みと共に勝利を確信する。
「いいだろう。ちょうど良い魔獣が近辺に生息している。それと戦って頂こうか」
「……は?」
そして想定とは違い、苦渋に塗れたものではなく、逆に嘲笑うかのような笑みを見せ付けられた事に、胸の内に動揺が走る。
(何だってそんな風に笑える? シャオの実力を知らない? いや、少なくとも侮っている訳じゃない。大抵の魔獣ならば、無手でも倒せる事は知っている筈。だとするならば、何故?)
「行くぞ」
内心に軽い混乱が渦巻いているディゼリオを他所に、エゼロスが腕を掲げ、彼の部下たちが動き出す。
「今から拘束を解くが、暴れたりしないで頂きたい。従わねば……」
視線をディゼリオに移し、何が言いたいかを雄弁に物語ってみせる。その意図を嫌でも察したシャネオリアは、忌々しそうに歯噛みする。
その反応に満足そうに頷き、左右を固めていた部下に指示。それを受けた懲罰魔術師たちが、シャネオリアを拘束していた根と触腕が、逆再生のように縮小して行く。
自由を得たシャネオリアは言われた通り暴れたりはせず、だが憎々しげに翡翠色の瞳で睨みつける。
「では着いて来……」
エゼロスの言葉を遮り、連続してガラスが割れるような音が響く。エゼロスの外套の下から、鈍色の金属片や布切れが零れ落ち、足下に重なって行く。
懲罰魔術師が身に付けている軽鎧は勿論の事、その下に着ている衣類にすら、多額の予算をつぎ込まれて魔術的補助が幾つも施されている。その効果たるや、下手な術具を軽く上回る程であり、全身装甲の重騎士の耐久性さえも凌駕するだろう。
それは逆に言えば、相応の魔力をその内側に秘めているという事でもある。それこそ、壊眼の巨人の眼鏡に適う程に。
「……ククッ!!」
周囲に重苦しい沈黙が降りる中、つい堪え切れなくなり、ディゼリオが僅かに噴き出す。忠誠心故か懲罰魔術師たちの中で笑う者どころか、肩を震わせる者すら皆無だったが、それが返ってディゼリオの堪え切れない笑い声を目立たせていた。
「……貴様」
「何だ? 言われた通り、暴れていないぞ」
「だよなぁ。既に魔獣術を発動させちまっているのにも関わらず、無用心にも正面に立つ方が悪いだろ。懲罰魔術師としての適性が問われるんじゃねえの?」
シャネオリアの憮然とした態度とディゼリオの煽りにエゼロスの目尻が震えるが、どうにか堪え切る。代わりに怒りをその鉄面皮の下に置いて、踵を返す。
「……着いて来て頂こう」
踵を返し、部下たちも無言でそれに続く。四方を懲罰魔術師に囲まれているディゼリオも、必然的にそれに合わせて移動せざるを得ず、拘束こそ解かれたものの、ディゼリオがそんな状態にある為にシャネオリアも大人しく従う。
だがディゼリオの内心に、先ほどまでの混乱は微塵も存在せず、むしろ清々しいほどの爽快感すらあった。それ故に、頭の中に過ぎった疑念を忘却の彼方に追いやってしまう事となる。
もっともそのすぐ後に、その事について思い出し、後悔する事となるのだが。
目的地に到着したのは、彼らが捕らえられた場所から、更に半日ほど行軍してからだった。
巨大な擂鉢状となっている盆地の一画に立ち、眼下の光景を見下ろす。
地面は豊かな緑の草花に覆われ、木々がどこか秩序を持って並ぶ景観は、それこそこんな状況でなければ暫く眺めていたいと思える程度には良い。
しかし眼下の景色の中にある、壁に空いた巨大な穴が――より正確には、その洞窟の奥から漂って来る、息の詰まるような威圧感がそれを覆していた。
「貴女の相手は、あの中に居る」
「おい、エゼロス。あの中に居るのは、一体何だ?」
階級を付ける敬称さえも忘れて、重苦しい息を吐き出すように問い質す。しかしエゼロスは、口の端を釣り上げるのみ。
「すぐに分かる。降りて頂こうか」
指示に従い、シャネオリアが盆地へと降りる。途中で壁を蹴り、落下の勢いを殺しながら軽やかに着地するのを見届けてから、エゼロスが部下に指示を出す。指示を受けた魔術師が、魔導術を洞窟の入り口へと撃ち込む。
途端に、それまで無造作に垂れ流されていた威圧感に、明確な怒りの感情が加わる。ただでさえ重苦しかった空気の圧力が更に増し、確かに息をしている筈なのに碌に空気を吸い込めず、喘ぐように呼吸する。周囲の懲罰魔術師たちも、ディゼリオ程ではないにしろ表情に厳しいものにし、額に汗を浮かべていた。
「おいエゼロス。仮の話だが、あの中に居る奴が標的を俺らに変えた場合、倒せるのかよ?」
「その点に関しては心配する必要は無い」
唯一平然とした表情を浮かべたエゼロスがあっさりと答えるのを聞き、ひとまず安堵の息を吐く。
少なくともエゼロスが最悪の事態――あくまで協会にとってのだが、それを想定していないという事を確認できたのは大きい。
しかし続く言葉で、そんなディゼリオの安心感は即座に吹き飛ばされる。
「相応の犠牲を覚悟する事を前提とした場合の話ではあるが」
「おいそりゃどういう――」
言外に撤退も視野に入れているという、予想外の言葉に更に追求を重ねようとして、地を轟かすような咆哮によって遮られる。
その相当な迫力に、ディゼリオは思わず耳と目を塞ぎ蹲る。長い咆哮が終わり、重い足音が響いて来る段階になってようやく薄目を開けて、状況を確認。洞窟の奥から姿を現したものを、視界に入れる。
「ご……」
洞穴の奥から出て来たそれを言い表すなら、双頭の巨大な狼。
人間を見下ろせる体高と、その高さに見合う体長。それらを覆う、見ているだけで不安を掻き立てられる、赤と黒の入り混じった分厚い毛皮。強靭な四肢が地を踏み締める度に、遠く離れている筈のディゼリオの耳にまで、巨躯が地面に齎す負荷の音が届く。
そして何より目を引くのが、本来ならば揃っている筈の双頭のうち、左の頭の首から先が見当たらないという点。胴体の中心から外れた位置に、左右対称となるように首が伸びている一方で、その片方が無い為に対称が崩れているという事実が、その狼の持つ不気味さを一層際立たせていた。
「【獄門の番狼】!?」
狼の特徴を全て余す事なく確認したディゼリオが、悲鳴に近い声を絞り出す。
見間違える筈も無い。その狼は紛れもなく、二十年以上前にどこからともなく現れて暴れ回り、一つの都市と三つの村を滅ぼし、最終的に百人以上の魔術師を犠牲にしてようやく撃退した災害指定個体【獄門の番狼】こと、魔狼オドロスだった。
「一体何だって――!?」
こんなところに、と続く言葉を呑み込んだディゼリオが、弾かれたように振り返る。
まさかと思いながらもエゼロスの方を見て、その顔に静かな笑みが湛えられているのを確認して、自分の仮説が、そして先程の疑念が正しい事だったと確信する。
「ご想像の通り、ここをあれが縄張りにしている事をあらかじめ私は……いや、協会は知っていた」
予想通りの言葉に顔を歪めるディゼリオを見て、しかし、とエゼロスは続ける。
「把握していた理由は、協会と民の安全の為であり、今回の件と直接的な関係は無い」
「甚大な被害を齎したオドロスが、報復しに来る事を警戒した上での事という訳か」
ディゼリオの推測を首肯する。
二十数年前に起こったオドロスの襲撃によって、腕の立つ魔術師たちを多く失った事は、当時の協会にとっても看過できない事態だった。何とか周辺の戦力を集めて迎撃し、片方の頭を潰す事で撃退には成功したものの、傷を癒して再び襲撃した来た場合、相応の被害を覚悟しなければならない。だからこそ、傷が癒え切る前に戦力を整えて追撃する事が、満場一致で決定された。
そして魔術師たちの必死の追跡により、オドロスの拠点を突き止める事に成功するが、そこで問題となったのが、オドロス討伐の為の戦力が思うように集まらなかったという点。
迎撃の為に近隣の魔術師は全て動員した為、戦力を集めるにはさらに遠方から動員する必要があったが、そもそも魔術師の数自体が需要に対して足りている訳ではなく、動員できるのはごく少数のみだった。
結果として、最後まで必要とされた数を満たす事は無く、いつまでも一箇所に戦力を留めておく事もできない為、追撃は断念される事となった。監視されていたオドロスが、一向に動く気配を見せなかった事も多い。
追撃するにしろ、それなりの犠牲が出る事は想像に難くない。そしてそんな余裕は協会には無い為、動かないのであれば最小限の監視だけに留め、その分の余剰を他の必要な場所に割り振った方が合理的であると上層部が判断したのが、最終的な顛末だった。
「そのまま放置しておいても良かったが、今回の件に利用できそうだからそうしたって事かよ。思えば、最初から仕組まれてたって訳だ」
事の発端である、トロデリオ大森林にまで足を運ぶ事となった依頼と、実際の討伐対称の差異。それは素人による判断によるものが原因ではなく、意図的に協会を経由してからの情報が、捻じ曲げられていた為だった。
理由もディゼリオの持つカルマンのアミュレットを破壊し、人質として活用できる状態にする為だと、簡単に推察できる。
それ以前に、この森にゴラエス等という希少種が存在していた事自体が、協会によって仕組まれた事である可能性が高かった。
「随分と手の込んだ事をするな」
「如何なる手段を用いてでも、与えられし任は遂行するべし。それが――」
「お前に教えてやった事だったな。そこまで師匠孝行者だったとは驚きだがな」
ディゼリオの苦々しい言葉を、エゼロスは肯定も否定もしない。だがそれでも、暗に肯定しているという事ぐらいは分かった。
それが示す事は、エゼロスの性格を分析した上での規則を用いた提案さえも、相手の想定通りであったという事実だった。
(オドロスを放っておくっていう判断ができるなら、シャオに対しても同様の判断を下しやがれってんだよ、こんちくしょうめ)
理事会の顔ぶれを思い浮かべ、内心で悪態を吐く一方で、協会の――そしてエゼロスの行動が正しいものであると認めてもいた。
手段こそ決して褒められたものではないが、数多の魔術師と人の命を預かる立場から下す判断としては極めて妥当であり、どちらに客観的に見て正義があるかなど、考えるまでもない。むしろそれに逆らうディゼリオの判断こそが、ただの利己的なものでしかない。
「ディゼリオ殿、くれぐれも――」
「手出しはすんなってんだろ? 分かってるっての」
ただ単に不死身なだけで、魔術師としては平凡の域を出ないディゼリオでは、加勢したところで災害種を相手には足手纏い以上にはならない。いずれにせよ、左右を固められている為に身動きなど望めるはずもなく、それを理解しているが故に忌々しそうに吐き捨てる。
「勝てよ、シャオ」
左右に立っていた魔術師たちでさえ、聞き取るのがやっとだった呟き。間違いなくシャネオリアに届く筈のないそれを、魔術師たちは無意識のうちに零れ出た願望であると片付け、気にも留めない。
故に見落とした。その言葉が紡がれた直後に、本当に微かにだが、シャネオリアが微笑を浮かべた事を。